香港今昔

 旅行会社に依頼した中国のビザ取得と中国国内の鉄道の切符を待つ間,数日の時間がある。どちらかというと僕は香港が苦手なのだけれど,せっかくなので街の様子を見て回った。

 いま泊まっている重慶大厦があるのは九龍半島の先端部にある尖沙咀(チムシャツォイ)という場所だ。ここから10分ほど歩くと佐敦(ジョーダン)という場所に出る。恐らくこの佐敦付近の一帯が,一般に日本人のイメージする香港に最も近いと思う。道路上にたくさん張り出した巨大で派手な看板は,まさに香港といった感じだ。
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 沢木耕太郎の有名な「深夜特急」の旅はまず香港から始まる。その第1巻では,旅の最初に香港に降り立った著者の興奮が臨場感たっぷりに描写されていて,このシリーズの中でも最も面白いと僕は思う。僕が旅に出ようと思ったきっかけの一つはこの本だし,そういう日本人旅行者は他にも数知れないだろう。
 ただ一つだけ残念なのは,実際に香港に来てみると,本物の香港は小説に描かれた香港ほど面白くないということだ。

 「深夜特急」の中で,著者が非常に興奮した場所がある。佐敦のすぐ近くにある「廟街」というところだ。数え切れないほどの屋台や露店が通りに沿って延々と並び,香港の人々の熱気が渦巻く。沢木青年はそこを熱病にかかったように歩き回る,ということが書かれていた。
 しかし残念なことに,その廟街で僕は沢木氏と同じ興奮を感じることができない。確かに屋台で多くの人が食事をしている場所もあるけれど,見ているこちらを圧倒するようなエネルギーの放射はここにはない。香港が変わったのか,僕の感性が沢木氏のそれと異なるのか。あるいは僕の感受性が鈍いだけなのか。
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 実際のところはよく知らないけれど,香港が変わってしまったのだろうと僕は思っている。確かに佐敦のあたりは香港らしい風景が広がっているけれど,そこを少し離れるともう日本の都会と変わりない風景ばかりだ。
 別に香港が悪いというわけではない。香港には香港の発展があるのだし,日本だって昔の街並はすっかり姿を消して,どこに行っても変わり栄えのしない風景ばかりになってしまったのだから。要するに都会化してしまったということだ。土台となった香港固有の文化は随所に顔を出すけれど,表面上は落ち着いた顔つきになっている。清潔で洗練されていて,そして個性は薄められている。
 恐らく今回の僕の旅の中では,ここ香港が最も日本に近い空気を持つ街だろう。
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 僕にとってはむしろ,マカオが沢木氏の香港のような存在だった。強烈なエネルギーを放射するというのではないけれど,庶民的な空気が濃密に満ちている下町の風景に,去年旅に出たばかりの僕は興奮して歩き回った。ただその場所がどこであれ,そういう街に旅の初めに出会えたということは非常に幸運なことだったと思っている。


 中国本土もいま,どんどん都市化が進んでいると聞く。今が古い中国を見る最後のチャンスかもしれない。あるいはもう手遅れになっているのだろうか。かつて香港を訪れた沢木青年のように,そしてマカオを訪れたときの自分自身のように中国でも興奮できるだろうかと,多少の焦りとともに思いを巡らす日々だ。
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by Asirope2 | 2007-05-23 12:52 | 中国
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