インド人のバイタリティ/カジュラホ

 次の街への移動に備えて,ジャイサルメールから一度デリーに戻った。デリーは2週間前と比べて明らかに暑くなっていてもはや「さわやか」ではなくなっていたけれど,日中はまだ歩き回れるのでジャイサルメールに比べると楽だった。ちなみに宿のテレビでBBCの天気予報を見ていると,デリーの気温は36℃となっていた。ジャイサルメールはいったい何度まで上がっていたのだろうか?

 デリーでは,ジョードプルで出会った日本人旅行者のカップルと再会したりとなかなか楽しかったけれど,鉄道の切符を手配するとすぐに移動した。次の目的地はカジュラホという小さな村だ。小さな村だけれど,ここには有名な世界遺産の寺院群がある。

 カジュラホには鉄道が通っていないため,まず鉄道でデリーから4時間ほどの街まで行き,そこからバスに乗り換えてさらに5時間ほど移動しなくてはならない。一日がかりの移動は大変だ。特にバスに乗り換えてからが辛い。インドのローカルバスは常に超満員になる。座席の間隔もやたらと狭く,体を動かすことがほとんどできない。これに5時間も乗っているとお尻は痛いのを通り越して感覚が麻痺してくるほどだ。
 でもこのローカルバス,一方ではインドの庶民の強烈なバイタリティが間近に見られるのでかなり面白い。その席を譲れ,いや譲らない,とやりあったり,途中の街に停まると物売りの少年たちがどんどん乗り込んできたり,後ろの席で怒鳴りあいの喧嘩をしているインド人がいると思ったら大声で仲良く会話しているだけだったり,やたら元気なインド人たちで溢れている。そんなインド人に囲まれて,へとへとになりながらも何とかカジュラホの村にたどり着いた。


 ここカジュラホの寺院群は千年ほど前に建てられ,今も村の中に数多く点在している。この中でも特に,村の西側に多くの寺院が集中しているところがある。今日,ここに行ってきた。朝は日の出の時刻から開いていると聞いたので,相当暑くなる日中は避けて日の出の時間に行ってみたら,本当にちゃんと開いていた。

 カジュラホの寺院群がミトゥナ像で有名だということは,事前に知っていた。ミトゥナ像とは,男女交合像,つまり性的行為を描写したものだ。インドだからどんな遺跡があってもおかしくはないと思う一方で,これを古代のインド人がどのような考えや感性で捉えていたのか,僕には今ひとつ見当がつかなかった。これは自分の目で見るしかない。
 そして,実際に見た彫刻は僕の想像を遥かに超えるものだった。


 寺院群のある一画は,今は公園のように整備されている。保存・修復活動も行われているようだった。
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 ここには10ほどの寺院がある。そのどれもが,周囲をびっしりと彫刻で覆われている。
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 この彫刻の完成度と表現力が凄まじい。きれいだとか良く彫れているとかいうレベルではない。これはもはや彫刻の域を超えている。その全てが圧倒的な生命力に溢れ,表情は多彩極まりない。ここに彫り付けられた全ての人と動物が,その生と性を謳歌し,永遠の生命を誇っていた。

 いくつかの彫刻は,優美であったりチャーミングであったりする。
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 しかし,中には露骨で強烈なものも多くあった。敢えていくつかの写真を載せることにする。
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 彫刻は寺院の外側だけではなく,内部にもたくさんあった。
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 薄暗い堂内で,窓から差し込む光に静かに浮かび上がる彫刻の数々は官能的でありながら,しかも神秘的ですらあった。
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 これらの多彩な彫刻が寺院を覆い,十ほどのそんな寺院が建ち並ぶ。質量ともに圧倒的な彫刻の描写と表現力にはもはや低俗さは感じられず,歓喜に満ちた生命への純粋な賛美だけがあった。


 これらの彫刻を見ていて,感心したとか感動したとか言うよりも,僕の場合は呆気にとられたという方が正確だ。ここまでやるか,と思った。でも同時に,ここまでやったからこれらの彫刻がこれほどまでに生命力に溢れているのだ,ということもよく理解できた。

 僕は実際にカジュラホに来るまで,ミトゥナ像についてこう考えていた。インドでは気候が厳しく,人はすぐに死んでしまう。そんな環境で昔の人々は生を強く渇望した。性は生につながる。それが,人々にミトゥナ像を作らせたのではないか…

 実際に見たミトゥナ像は,しかしそんな感傷やひ弱さとはかけ離れたものだった。ここでは生命は歓喜に溢れている。もちろん生への渇望という要素もあっただろうけれど,ここの彫刻を見ているとむしろ,古代のインド人たちが自分たち自身の生命への歓喜を表現したかのように思える。何といってもこの気候の厳しいインドで,インド人たちは何千年という歴史を刻んできたのだ。その生命力は半端ではないはずだ。ローカルバスの庶民にも溢れんばかりのバイタリティが感じられたではないか。
 ガイドブックの解説にはタントリズムの影響なども触れられているけれど,それを突き抜けた何かを,僕はミトゥナ像から感じずにはいられなかった。


 これらカジュラホの寺院群が建てられた千年前といえば,カンボジアのアンコール遺跡群が建てられた時期と同じだ。アンコール遺跡は実はヒンドゥーの遺跡で,インド文化の影響を強く受けたものだった。アンコール遺跡の彫刻も非常に素晴らしいものだったけれど,それが作られたのと同じ頃,本家のインドではそれを遥かに凌駕するような彫刻を創り出し,独自の高みへと突き進んでいたのだった。
 インドは常に文化の発信源なのだ。もちろんインド自身も外来の文化の影響を多く受けてはいるけれど,それ以上に自分たち自身で常に何かを生み出し,それを突き詰めずにはいられない国のようだ。宗教・思想から食文化に至るまで,人類の文化と歴史に大きな影響を与え続けてきて,それは今も変わることがない。
 それを支えているのがインド人の強烈なバイタリティだということが,カジュラホへ来てようやく分かってきた。
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by Asirope2 | 2007-04-12 14:20 | インド
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