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おわりに

 以上でこのブログは終了です。なお,帰国後にホームページを開設するかもしれません。その場合はこのブログ上でもご連絡致します。

 なお,このブログの内容について,下記の点にご注意下さい。

① 総集編の各国旅行情報は,全て作成者が旅をした2007年の情報に基づいています。
  その後の変化につきましては,各自で必ず最新情報をご確認下さい。
② 本ブログ中の記事内容は,全て作成者の個人的な主観に基づくものです。
③ 本ブログの全ての文章・写真について,作成者は著作権を放棄していません。



以下,各種リンク;

<旅先で出会った旅人のサイト>
『亜細亜2周 -アジアニシュウ-』 ・・・キルギスで出会った佐藤さんのHP。僕の旅に一番大きな影響を与えてくれた人です。

『世界一周 ~Feel The World~』 ・・・インドで出会ったゆーき&あきこさんのブログ。ほっこり癒し系。

『ゆずランド』 ・・・キルギスで出会った“ゅ”さんのサイト。19歳から9年掛けて世界を放浪中。鋭い観察眼にセンスが光ってます。

『あさってのほうへ』 ・・・キルギスで出会ったチャリダー郁生くんのサイト。中国からポルトガルまで,自転車でユーラシア横断中!

『GO EAST!!』 ・・・キルギスで出会ったチャリダーHideさんのブログ。日本へ向けて疾走中!

キルギスで出会った写真家中村さんのサイト(現在作成中)。中央アジアの人を撮っています。

『Kimの歩き方』 ・・・キルギスで出会ったチャリダーKimさんのサイト。音楽,自転車,鉄道・・・ 多趣味で多才な好青年。

『手のひらの中のアジア』 ・・・キルギスで出会ったチャリダー山本さんのサイト 書籍化決定!

『旅,たびのもと』 ・・・キルギスで出会った旅人フォトグラファー アベマサカズさんのサイト。

『GOLCO31』 ・・・キルギスで出会ったプロフェッショナル旅行者 デューク東城さんの抱腹絶倒サイト。リビアとソマリアを除く全アフリカ諸国を踏破!

『LOHAs' Packers』 ・・・キルギスで出会った学生旅行者 吉川くんと真野くんのサイト。 ユーラシア横断の旅を動画で記録しています。


<ゲストハウス>
サクラゲストハウス ・・・キルギスの首都ビシュケクにあるゲストハウス。今までで一番居心地のよかった宿。沈没旅行者続出!


<便利サイト>
海外のPCでも日本語を書けるサイト
中国鉄道時刻表
タイ鉄道時刻表
外務省海外安全ホームページ
旅行人
Backpackers バックパッカーズ

CBT ・・・ キルギスの観光振興を目的に設立されたNGO。ツアー手配,民泊斡旋など,誠実・丁寧に対応してくれます。国内各所にオフィスあり。スタッフは英語可。


<サイト検索(相互リンクサイト)>

旅行記サーチ … 旅行記サーチ/海外旅行記を国・地域別に掲載

こうじょうコム … こうじょうコム/雑誌型ブログリンクサイト
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by Asirope2 | 2007-09-20 13:40

総集編(7)~ ウズベキスタン

 僕の旅の最期の目的地はウズベキスタン。キルギスのオシュから国境を越え,最初に向かったのはフェルガナ盆地の古都コーカン(コーカンド)。
 宿を探してさまよっていると,現地のウズベク人から日本語で話しかけられて驚いた。親切に宿探しを手伝ってくれたこの人,結局宿が見つからなかったために自宅に泊めてくれた。ウズベキスタンでいきなり人の優しさに触れた。

 翌日は首都タシケントを素通りして「青の都」サマルカンドへ。ティムール帝国の壮麗な都だった街だ。まずは中央アジア最大のモスクであるビビ・ハニムモスクから観光を開始。このモスク,とにかくでっかい!
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 この近くにはシャーヒ・ズィンダ廟という墓所がある。青の都の名に恥じない美しい建築が楽しめるここは,サマルカンドでも一番の見所かもしれない。
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 しかし何といってもこの街の顔は,レギスタン広場。3つのマドラサ(イスラム神学校)が向かい合う姿は圧巻。
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 サマルカンドの次はブハラへ。土産物屋の客引きを撃退しながら旧市街を歩くと,この街一番の見所,カラーンモスクに出る。ここのカラーン・ミナールはレンガの組み方を工夫して表面の模様を描き出している。
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 ブハラから更に西へ500km進むと,ホラズムのオアシス都市,ヒヴァに至る。中世の雰囲気を色濃く残したこの街で最も目を引くのが,建設途中でハーンの戦死により工事が中断してしまったというカルタ・ミナール。完成していれば中央アジア最大のミナレットになる予定だったという。
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 旧市街の雰囲気は落ち着きと歴史を感じさせてくれる。
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 そして,街の高台からは美しいヒヴァの空と街を眺め渡すことができた。
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【ウズベキスタン旅行情報】

・宿
 有名な観光地にはB&B(Bed & Breakfast)と呼ばれる宿が数多くある。一泊10$くらいから。春と秋の観光シーズン以外は安くなる。頼めば夕食を出してくれる宿もあり,便利。

・食事
 キルギス同様に典型的な中央アジア料理。キルギス以上に選択肢が狭いかも。タシケントには日本食や韓国料理のレストランもあるらしい。

・移動
 街なかの移動はマルシュルートカと呼ばれる乗合いのミニバスが便利。タシケントには市バス・地下鉄もある。都市間の移動はバス・乗り合いタクシー・鉄道がある。タクシーは値段交渉が面倒。本数の少なさや発着時間帯に問題がある場合もあるけれど,日程が合えば鉄道が一番快適(ただし切符売り場では英語が通じない)。

・言葉
 ウズベク語かロシア語。首都タシケントや観光地では英語も相当通じる。ただし小さな商店で買い物するときなどはロシア語ができると楽になる。

・宗教
 ウズベク系,タジク系はイスラム教,ロシア系はキリスト教(ロシア正教)。

・通信
 インターネットカフェはタシケントや観光地ならたくさんある。ただしタシケントから離れるほど通信は遅くなり,ヒヴァはダイヤルアップ接続。

・ビザと滞在登録
 日本人はビザ要。日本のウズベク大使館で取れる。周辺国で取るなら,カザフスタンのアルマティ(所要3日),キルギスのビシュケク(所要10日ほど)。タジキスタンのドゥシャンベでは最近ビザ発給してもらえなかった人が多数(2007年9月現在)。
 キルギス同様に滞在登録が必要だけれど,基本的には泊まっている宿で宿泊期間分の登録はしてもらえる。ただし民泊やモグリ宿,夜行の列車・バスでは登録してもらえない。出国時や警官に職務質問されたときに,滞在登録がないと問題になる場合があるので,心配なら最初にオヴィールという役所で一ヶ月分まとめて登録することも可能。2007年8月に,入国後10日間程まったく滞在登録していなかった日本人が国外退去処分になったケースあり。

・備考
 首都タシケントではキルギス同様に警官が職務質問と称して旅行者に難癖をつけ,金を巻き上げるケースあり。特に地下鉄駅が危ないらしい。
 また,両替の際には必ず紙幣の枚数を確認すること。ウズベクでは最高額紙幣がたった100円くらいなので,100ドル両替すると120枚くらい紙幣が返ってくる。帯止めした100枚組みの紙幣の束が,数えてみると99枚しかない,ということが日常的に発生していて,国立銀行でも平気でこれをやってくる。窓口を離れる前に,相手の目の前で帯を外して最後まで自分で数えること。

 ウズベキスタンの旅の全記事はこちら。
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by Asirope2 | 2007-09-19 13:21 | ウズベキスタン

総集編(6)~ キルギス

 中国からカザフスタンを経由してキルギス入り。山国ならではの美しい風景が存分に楽しめる。首都ビシュケクでの定宿サクラゲストハウスを拠点にして,大好きなソンコル(ソンキョル,ソンクルとも言う)へ行った。

 まずは山の麓のコチコルで一泊。のどかで静かな村。
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 翌日,3500mほどの峠を越えて,いよいよソンコルへ。標高3000メートルの地点にあるこの湖に周辺は,現地の人々が夏の間の放牧地として利用している。
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 宿泊場所はこのユルタ(いわゆるゲル)。
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 キルギス滞在中,このソンコルには2度行った。特に2度目は天候も良く,本当に美しかった。
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 そして景色に負けず劣らず素晴らしいのが,子供たちの笑顔!
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 電気もガスもないこの場所では,夜になるとものすごい星空が楽しめた。


 ビシュケクから南の主要都市オシュへ向かう峠道。キルギスの二大都市をつなぐ幹線道路は風景が非常によく,キルギス屈指の観光コースでもある。
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 途中の山あいにサル・チェレックという小さな湖がある。訪れる旅行者も少なく,まだまだ神秘の湖だ。
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 大好きなこのキルギスで2ヶ月近くを過ごした。中国・インドより長い滞在になってしまった。

【キルギス旅行情報】

・宿
 どんな街にも一応宿はある。問題は数が少ないのと,どれが宿が分かりにくい点。“ガスティーニッツァ(ロシア語でホテルという意味)”と地元の人に聞くのが一番。旧ソ連公営の宿ではいまだ外国人料金が設定されていることもある。
 最近ではCBTという組織が,地方都市での民泊を斡旋している。一泊250ソム(750円)くらい。英語も通じるので便利。
 ちなみに首都ビシュケクのサクラゲストハウスは,僕の一連の旅の中で最も居心地のいい宿だった。

・食事
 典型的な中央アジア料理。ラグマン(汁そば),プロフ(チャーハン),シャシリク(羊肉の串焼き),ペルメリ(スープ餃子),マンティ(肉まん)など。ビシュケクには中華料理屋もいくつかある。
 夏から秋にかけて出回るラグビーボール型の巨大メロンは一度食べると癖になるほど甘くておいしい。買うときは柔らかいものを選ぶと甘い可能性が高い。余りに大きいので躊躇するかもしれないけど,他の旅行者と分け合ってでも(あるいは大半を捨てる覚悟ででも)食べる価値あり。特にオシュで買うと安い。

・移動
 街なかの移動はマルシュルートカと呼ばれる乗合いのミニバスが主。一乗り5ソム(15円)くらいで,路線も多く便利。市内のタクシーは外国人にはふっかけてくる。都市間の移動は乗り合いタクシーがほとんど。値段交渉が面倒。バスはほとんどない。

・言葉
 キルギス語かロシア語。CBTや旅行代理店を除けば,英語はまず通じない。“ホテル”という言葉さえ通じないことがあるので,ロシア語の基本単語を覚えるしかない。キリル文字が読めるようになると強い。

・宗教
 キルギス系はイスラム教,ロシア系はキリスト教(ロシア正教)。ただしムスリム色はそれほど濃くない。

・通信
 インターネットカフェは大きな街ならたくさんある。ただし通信は遅く,また日本語が使えない場所も多い。

・ビザと滞在登録
 日本人はビザ不要。ただし入国後3日以内に役所での滞在登録が必要で,オヴィールという役所で手続きすれば30日間滞在可(最近になって日本人は滞在登録が不要になったという情報もあるので,最新情報は各自で確認してください)。

・備考
 治安面で注意が必要。どこの街でも酔っ払いが多く,ときどきからまれることがある。また,ビシュケクやオシュでは警官が職務質問の際に“所持品検査”を行い,財布からお金を抜き取ることがある。滞在登録は早めに済ませ,常時パスポートを携帯すること。バザールにはスリや観光客狙いのニセ警官もいるので油断は禁物。
 ビシュケクのオシュバザールの両替屋では紙幣の数をごまかされることもあるので要注意。必ず自分で数えて,足りなければ強気で文句を言う。
 こんな風に問題も多い国だけれど,自然の風景の美しさは一級品。地方の人々も素朴で親切。ぜひ自分の目で見てほしい国の一つ。CBTはこの国の観光振興を図って組織されたNGO。旅行者に対して親切に,誠実に対応してくれる。スタッフは英語を流暢に話す上,最近ではオフィスも増えてますます便利になっている。

 キルギスの旅の全記事はこちら。
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by Asirope2 | 2007-09-19 13:12 | キルギス

総集編(5)~ 中国

 香港から“国境”を越えていよいよ中国本土の旅のスタート。最初に訪れたのは,湖南省の張家界(ちょうかかい)の街。ここからバスに乗って小一時間,世界遺産にも登録されている武陵源(ぶりょうげん)の国立公園に行ってみた。水墨画さながらの景色が広がる。
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 張家界から少し離れたところに,鳳凰古城と呼ばれる街がある。古い中国の風景を残した,中国人の心のふるさと。ここで泊まった宿のスタッフは,僕の中国人に対する先入観を一変させるほど親切だった。
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 張家界からさらに中国を北上。三国志の三顧の礼の舞台となった襄樊(じょうはん),いくつもの王朝の都となった洛陽(らくよう)を経て,世界遺産の街・平遥(へいよう)へ。明・清代の城壁の残る街。
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 平遥から先は進路を西に変更し,古都西安(かつての長安)へ。ここの見所は兵馬俑。ものすごい数の像が,本当に一つひとつ個性的な顔つきで並んでいた。
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 そして西域の入り口・長安を象徴する清真大寺。仏教寺院のような佇まいのモスクに,ムスリム帽の信者たち。
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 西安の次は,シルクロードの本流を少しそれて,チベットの入り口・西寧(せいねい)へ行った。中国最大の塩水湖・青海湖には多くの野鳥が集まるため,自然公園として環境が保護されている。
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 西寧から祁連(きれん)山脈を越えると,またシルクロードへ出る。甘州(今の張掖),粛州(今の酒泉)を経て,長年の憧れの地・敦煌(とんこう)へ。鳴沙山の見事な砂丘に感激した。
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 井上靖の小説で描かれた莫高窟(ばっこうくつ)の蔵経洞にも行った。僕のシルクロードの旅のハイライトだった。


 西遊記の火焔山のモデルとなった山あいに,ベゼクリク千仏洞という遺跡がある。新疆ウイグル自治区のトルファンから車で30分ほどのこの遺跡は損傷が著しい。でも,想像力を羽ばたかせれば,昔日の賑わいが思い浮かんでくる。
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 その後,新疆ウイグル自治区の区都ウルムチまで行き,中国横断を完了。香港からほぼ一直線に駆け抜けて1ヵ月半,中国のとてつもない大きさには参ってしまった。


【中国旅行情報】

・宿
 どんな街にも宿はある。安宿が多いのは,たいていバスターミナルや鉄道駅周辺。問題は,安い宿には外国人が泊まれない場合があること。名前に“飯店”,“賓館”とつく宿はたいてい泊まれる(でも高い)。
 安いのは“招待所”,“住宿”と書かれた宿。断られる可能性はあっても,まずはフロントで尋ねてみよう。
 ちなみにトイレが共同の場合,まず間違いなく(とんでもなく)汚い。
 観光客の多い街にはユースもあり,ドミトリーで30~50元(500~800円)くらい。特別に安いわけではないけど,ウルムチのように安宿の少ない街や,どうしても英語が通じないと困るという場合にはお勧め。

・食事
 中華料理は日本人の強い味方。メニューは分かるようで分からない名前の料理が並んでいるけど,色々な料理を試してみるのも楽しい。朝食には包子(肉まん)や小龍包もおいしい。ちなみに中国の南半分はご飯(米飯)が安く,北半分は麺料理が豊富。個人的に一番ご飯のおいしかった街は西寧。
 新疆地区に行ったらラグマン(拌面:バンミェン)がおいしい。

・移動
 街なかの移動は市バスが便利。たいてい一乗り一元(16円)。都市間の移動は列車またはバスで。長距離列車の寝台は比較的安くて快適だけど,3日前くらいには切符が売り切れる。予定が決まったらすぐに買おう。

・言葉
 大都市の若い人を除けば,英語はまず通じない。日本人は漢字が読めるとはいっても,中国では字の使い方が違う場合も多く,実際には書かれた中国語も3割くらいしか理解できないという感じ。ある程度は基本的な中国語の言い回しを覚えた方が便利。
 とはいえ,漢字が読めるのは欧米人に比べると大きなアドバンテージ。バスの行き先がわかる,どれがレストランかわかる,レストランのメニューを見て内容が推測できる,男子トイレ・女子トイレが区別できる,というのは日本人の特権。思い切って漢字の本場に飛び込もう。

・宗教
 漢民族の宗教色は薄い。新疆はイスラム,チベットはチベット仏教など。民族・地域によって信仰の度合いはさまざま。

・通信
 意外や意外,中国はインターネット大国。どんな街にもインターネットカフェはあり,通信も速い。ただしサイトによってはアクセス規制あり。BBCのサイトはつながらなかった。

・備考
 漢民族エリアの治安は非常に良い。反日感情は(たぶん南京などに行かない限りは)目立って表に出てくることはなかった。こちらが相手に敬意を持って接すれば,向こうも一人の人間としてこちらに接してくれるという感じ。
 新疆地区はバザールなどでのスリ・引ったくりに注意。不用意に貴重品を出すべきではない。

 中国の旅の全記事はこちら。
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by Asirope2 | 2007-09-18 17:04 | 中国

総集編(4)~ マカオ・香港

 マカオは去年の旅の最初に下町の面白さの虜になった街だ。カジノの街として有名なマカオだけれど,ここもマレーシアのマラッカやインドのゴアと同様にポルトガルの植民地となった歴史を持つ。
 世界遺産にもなっている中心部のセナド広場には,ヨーロッパ式の建物が並んでいる。
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 でも,ここから縦横に延びる,入り組んだ細い路地に足を踏み入れると,古い中国の風景が残っている。
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 マカオの中心の丘の上には,聖パウロ教会跡。
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 マラッカ,ゴア,マカオの古い教会を頭に思い浮かべると,海のシルクロードと大航海時代のイメージが鮮やかにできあがる。

 居心地のいいマカオからフェリーで香港へ移動。穏やかなマカオとは異なり,香港は活気がある。
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 九龍半島と香港島の間では,夜になると光のショーをやっていた。公園には地元の人々も集まってくる。
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 でも,今の香港は東京や大阪と余り変わらない空気を持っていた。

 香港で中国ビザを手配し,いざ中国本土へ!


【香港・マカオ旅行情報】

・宿
 土地の狭い香港・マカオは宿代が高い。香港には重慶大厦(チョンキンマンション)という安宿の集合体があるけれど,それでもドミトリーで1000円くらいから。エアコン付きのシングルだと一泊2500円くらいする。
 マカオはもっと安宿が少ない。中級宿でシングル2500円~。

・食事
 当然中華が主体だけど,香港はたぶん何でもある(吉野家だってある)。ちなみに香港のワンタンメンは絶品。一杯10香港ドルくらいからあるけど,20香港ドル(300円)くらいのが本当においしい。重慶大厦にはインド人が多く,おいしいインドカレーも食べられる。
 マカオも基本的に香港と変わらないけれど,他にはポルトガル料理もある(僕は食べたことがないけど)。聖パウロ教会跡付近にはカスタードタルトを売る店が多い。安くておいしい。Don't miss it!

・移動
 マカオは歩いてもある程度の範囲は回れる。遠くへ行くならバスが便利。香港は地下鉄がかなりの範囲をカバーしている。あとはタクシーしかない。

・言葉
 英語がかなり通じる(特に香港)。最近は大陸からの中国人観光客が多いので中国語(標準語)も通じるというけれど,この地域の地方語は広東語。

・宗教
 宗教色は薄い。日本と同じ。

・通信
 香港の重慶大厦にはインターネットカフェ多数。非常に速い。マカオではネットカフェが街なかに点在。通信は速いけど日本語が使えない場所も多い。頑張って探そう。

・備考
 香港は世界で最も中国(本土)ビザが取りやすい場所。30日ビザだけでなく,60日,90日,180日などといった長期の観光ビザが3日ほどで出る。ダブルビザも可。重慶大厦の旅行代理店で,90日シングルビザが手数料込みで3000円くらいだった(2007年5月の情報)。

 中国の旅の全記事はこちら。
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by Asirope2 | 2007-09-17 13:11 | 中国

総集編(3)~ インド

 インドは,人間の素晴らしさと醜さ,富と貧困,生と死,秩序と混沌,あらゆるものが全て存在する場所だ。去年訪れたときには全く好きになれなかったこの国の面白さが,今年になってようやく見えてきた。

 デリーのメインバザールは,数多くの旅行者が集まる世界有数の安宿街でもある。
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 デリーの次に訪れたジャイプールでインドを少し見直し始めた僕は,その次のジョードプルの街で完全にインドの面白さの虜になってしまった。
 街を見下ろす高台には,壮麗なメヘラーンガルの砦がずっしりと構えている。
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 そしてその周囲には,“ブルーシティ”と呼ばれる美しい街並が広がる。
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 市街に出ると,人々は素朴で温かかった。そして,幼い子供の純粋な目。
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 ジョードプルから更に西へ進むと,パキスタンとの国境付近にジャイサルメールという小さな街がある。ここにも,街の中心に立派な砦がある。日が沈む頃,街外れの高台から街を眺めると,“ゴールデンシティ”の異名のとおり,街が金色に輝くのが見える。
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 ジョードプルから少し離れたところに,クーリーという小さな村がある。
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 静かなクーリー村で,僕はインドの貧困と差別の問題にぶち当たった。

 このころからインドは酷暑期に入り,気温は連日40℃を越えた。その暑さの中,ミトゥナ像で有名なカジュラホへ移動。生命感のほとばしり出るような彫刻群に圧倒された。
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 カジュラホの次に向かったのは,インドの旅の最終目的地・ゴア。たまたまマレーシアのマラッカで見た聖ポール教会の石碑が,僕をここへ連れてきた。
 海のシルクロードの拠点であり,インドの植民地としての歴史も象徴するゴアには,フランシスコ・ザビエルの遺体が今もミイラとして遺されているボム・ジェズ教会がある。
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 この教会に3日間通いつめ,自分の旅に思いをめぐらせた。





【インド旅行情報】

 恐いというイメージのあるインドだけれど,英語が通じること,交通網が全土で整備されていること,安宿が多いことから,意外と旅のしやすい国。そして何より,懐の深いインド人たちは僕たち外国人をすぐに受け入れてくれる。
 大都市や有名観光地の街なかで向こうから話し掛けてくるインド人は絶対に相手にしないこと。それさえ守れば,インドの奥深い文化が圧倒的な圧力で迫ってくる。

・宿
 どんな街にも安宿がある。そしてありがたいことに,中級宿もたいていの街にあるので,疲れが溜まったときには逃げ込んで,体力の回復を図ることができる。気候・食事・衛生環境など,インドは日本と大きく異なるので,疲れたときは無理をしないことが大切。

・食事
 何といってもカレーの国。インドカレー好きにはたまらない。安い定食は60円くらいから。ただし肉類を食べると高くなる。街角のチャイ屋も忘れちゃいけない。観光客向けのゲストハウスに行けば,サンドイッチやパスタも(味はともかくとして)食べられる。

・移動
 広い国土をくまなくカバーする鉄道網と,どんな小さな街にも行けるバス網。意思と体力さえあれば,どこにでも移動できる。特急列車のエアコン車両は非常に快適。鉄道の2等車両やバスはぎゅうぎゅう詰め。

・言葉
 英語が全土的に通じる。並みの日本人には聞き取れないような早口の英語を話す人も多い。訛りのないきれいな英語を話す人から,強烈なインド訛りの人まで色々いる。

・宗教
 ヒンドゥー教,イスラム教,ジャイナ教,シーク教,仏教,キリスト教・・・ インドに行くなら,ヒンドゥー教・イスラム教・仏教については一通り勉強していった方がいいと思う。

・通信
 インターネットカフェはたいていの街にある。ウイルス感染したPCが多いので気を付けて。

・備考
 ビザは日本で取っていくのが楽!


 インドの旅の全記事はこちら。
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by Asirope2 | 2007-09-17 12:58 | インド

総集編(2)~ タイ

 多くの旅行者にとって旅の起点であり,中継地点であり,終着点でもあり,さらにまた憩いの場ともなるタイ。食べ物が美味しい上に,穏やかで陽気なタイ人の気質も旅行者には心地よい。僕もまたこの国に魅せられた人間の一人だ。


 マレーシア側から国境を越えて最初の主要都市・ハジャイ。国境に近いため,マレーシアやシンガポールから華僑が大勢訪れる。おかげで,街には中国語が溢れている。
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 夜の大通りには屋台が立ち並び,食欲を満たす人々の熱気が渦巻く。
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 タイを代表するビーチリゾート・プーケット島から船で2時間。タイの宝石・ピピ島が明るく澄み切った海と空で出迎えてくれる。
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 ピピ島は,昼も夕もひたすら美しい。
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 ピピ島で参加したスノーケリングツアーも素晴らしかったけれど,シミラン諸島の海は圧倒的だった。
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 豊かな自然に恵まれたタイ北部の街・チェンライ。穏やかなこの街の外れには,純白の真新しい仏教寺院がある。
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【タイ旅行情報】

・宿
 どんな街にも安宿がある。バンコクのカオサン通りは世界に名を馳せる安宿街(でも僕はカオサンに泊まったことがない・・・)。ただしプーケットやピピ島などのリゾート地では,当然ながら宿代が何倍にも跳ね上がる。

・食事
 誰もが認めるタイ料理の美味しさは東南アジア屈指。1食100円~。街なかの旅行者向けレストランより,どこにでもある屋台やローカル食堂が安くて美味しいと僕は思う。
 またこの国は,日本食も安くておいしい。

・移動
 国土の主要部分を鉄道路線が走っている。乗り心地は悪くないけど,結構遅くて高い。マレーシア同様,各都市間を結ぶ安価なバス路線が充実している。ほかに,バンコクと国内の主要都市を結ぶ格安エアライン(AirAsia,ノックエアーなど)も充実していて,うまく使えば相当安く,かつ速く移動できる。
 この国も移動で困ることはまずない。

・言葉
 有名な観光地では英語がそこそこ通じる。地方都市に行くとタイ語しか通じない場合も多いので,基本的なタイ語は覚えておいて損はない。

・宗教
 敬虔な仏教国。日本と違って上座部仏教を信奉していて,僧侶が多い。タイ独特の絢爛豪華・極彩色の仏教寺院は必見(どんな街にも必ずある)。

・通信
 インターネットカフェはたいていの街にあり,非常に速い。


 タイの全記事はこちら。
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by Asirope2 | 2007-09-16 19:23 | タイ

総集編(1)~ マレーシア

 今回の旅の第一歩はマレーシアのペナン島から。ゆったりと時間の流れる,華僑の街ジョージタウン。
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 ペナンからマレー半島を南下すると,東南アジア有数の大都会クアラ・ルンプールに辿り着く。この国が誇るペトロナス・ツインタワーが,街の中心に華やかにそびえ立つ。
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 一方には多民族国家マレーシアを象徴するような,チャイナタウンの風景。
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 かつて海のシルクロードを代表する中継港だったマラッカは,また複雑な近代史の流れに翻弄された街でもある。街の随所に残る,植民地マラッカの名残。
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 街の中央の丘には,かのザビエルが通い,そしてまた最期の場所となった聖ポール教会跡がある。
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 ここの石碑によって,ザビエルがその死後インドのゴアに送られ,埋葬されたことを知った。これが,この旅の前半戦の大きな伏線になった。



【マレーシア旅行情報(マレー半島部)】

・宿
 どんな街にも安宿がある。クアラルンプールはチャイナタウン,ペナンはジョージタウンのチュリア通りが安宿街として有名。ドミトリーで一泊10RM(350円)くらいから。

・食事
 マレー・中華・インドそれぞれの食堂があちこちにあり,選択肢の多さは東南アジア随一。選ぶのに困るほど。1食100円~。朝食にはインド式ロティ(パンにカレーソースをつけて食べる)がおすすめ。20円くらい。

・移動
 旅行者に人気のマレー鉄道はペナン島対岸のバタワースからシンガポール手前のジョホールバルまで,国を縦断している。エアコン付きの寝台は快適。路線自体はタイのバンコクからシンガポールまで延びていて,バンコクからシンガポールまでは乗り換え2回,最短で2泊3日かかる。
 その他,各都市間を結ぶ安価なバス路線が充実していて,移動に困ることはない(ただし中国正月の時期だけは交通機関が大混雑する)。

・言葉
 全国的に英語が相当通じる。英語か中国語ができればまず困らない。マレー語・英語・中国語を併記した看板はマレーシアならでは。

・宗教
 マレー系はイスラム,華僑は仏教(?),インド系はヒンドゥー教。チャイナタウンの関帝廟のすぐ向かいにドラヴィダ様式のヒンドゥー寺院があったりする。

・通信
 インターネットカフェはたいていの街にあり,速い。


 マレーシアの全記事はこちら。
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by Asirope2 | 2007-09-16 19:13 | マレーシア

旅の終わり

 ウズベキスタンの首都タシケントの空港で,飛行機が離陸のための滑走を始めると,ぐっと体が座席に押し付けられた。この加速度を味わうのは久しぶりだ。窓の外の景色は次第に,そして大幅に速度を上げながら,前から後ろへと流れ去っていく。やがて機体が浮き上がると,一気に地面は下のほうへと遠ざかっていった。
 いちど針路を変えるために機体が大きく傾くと,まるで挨拶でもするかのように窓いっぱいにタシケントの街並が広がった。しかしそれも,機体が体勢を立て直すとともに,またあっという間に視界から消えていった。

 しばらくすると飛行機は充分に高度を上げ,目的地であるタイのバンコクへ向けての安定飛行に入った。シートベルト着用のサインが消えると,僕は座席をいっぱいまで後ろに倒して深く腰掛け,大きく一つ息を吐いた。

 これで,僕の旅も終わりだ。


* * *

 ヒヴァからタシケントへは夜行列車で移動した。二等寝台はエアコン無しの車両だったけれど,走り出してしまえば窓から風が入るので快適だった。向かい合わせの席にはウズベク人の男性が座っていたけれど,彼は素朴でとても親切な人だった。口数は少ないながらも僕と片言で一生懸命会話をしてくれる。夕方になると,ロールパン以外にまともな食料を持っていなかった僕に,自分のパンと羊の干し肉を分けてくれ,食後には自分のカップにお茶を入れて僕に振舞ってくれた。

 ウズベキスタンは中央アジアでも最大の観光国なので,各観光地ではどうしても観光客ズレした現地人が,観光客に高い値段を吹っかけるケースが多い。世界遺産になっているヒヴァでも,入場料の徴収で不正が後を絶たないからと,ユネスコの係員が調査に来ていたそうだ。僕たち旅行者もまた,そういう観光地ばかりを回ることになるので,ウズベキスタンでは嫌な思いをする旅行者も多いようだ。

 でも,観光客と接する人間が(全員ではないにしても)お金に汚くなるのはどこだって同じだ。日本にだってそういう場所がたくさんあるのを知っている。そういう一部の人達を除けば,どこの国にもいい人がたくさんいる。夜行列車で出会った彼は,改めてそれを教えてくれた。ウズベキスタンの最初にコーカンでマスマさんに出会ったように,最後にまた親切なウズベキスタン人に出会って,気持ちよくこの国を去ることができそうだなと思った。

 ウズベクの砂漠を突っ走る列車の窓からは,夜になると驚くほどたくさんの星が見えた。色々と考え事をしながら横になって星を見ているうちに,僕はいつしか眠っていた。翌朝9時過ぎ,列車はタシケントに到着した。



 タシケントは落ち着いた雰囲気があるとはいえ,かなり大きな都会だ。もともと特にこの街に興味があったわけではなく,単に飛行機に乗るために来ただけなので,観光らしい観光はしていない。そんな中で,一ヶ所だけ行こうと思っていたのが,この街のオペラ・バレエ劇場だった。日中劇場へ行ってみると,既にシーズンは始まっていて,今月の演目のリストが貼り出されていた。
 チャイコフスキーやハチャトゥリアンといったロシアの作曲家の演目が並んでいるのはさすがに旧ソ連のお国柄。僕は翌日の演目,ハチャトゥリアンのスパルタカスというバレエのチケットを買った。
 ちなみにチケット代は300円。驚くほど安かったのでどんなに端っこの席かと思っていたけれど,当日になって劇場に行ってみたら,なんと前から5列目のど真ん中。この劇場で一番いい場所だった。

 ただし残念ながらステージのレベルは,300円にしては上出来,というくらいのものだった。特にオーケストラがよくない。でもさすがに旧ソ連だけあって,バレエダンサーの方は結構頑張っていたように思う。中でもタイトルロール(スパルタカス役)の男性ダンサーは完全に舞台を引っ張っていたし,また女奴隷の妖艶な踊りを,見るからにアジア顔のウズベク人女性ダンサーが踊っているのも,それはそれでエキゾチックで面白かった。
 これが,僕の唯一のタシケント観光だった。


* * *

 飛行機は約6時間のフライトの後,無事にバンコクの空港に着陸した。飛行機を降りたときの独特のにおいや湿度の高さ,そして空港を出たときのまとわりつくような暑さが,いま自分がタイにいることを僕に強烈に意識させてくれた。
 ウズベキスタンは湿度が低く,特に砂漠のオアシス都市であるブハラやヒヴァでは極度に空気が乾燥している。だからこそあのヒヴァの空があったのだろうけど,土の多い場所で育った僕は,やはり日本により近いタイの風土の方に,どうしても落ち着きを感じてしまう。

 バンコクで一泊した翌日,僕はタイで一番のお気に入りのチェンライの街へ飛んだ。チェンライはこれで3度目。まだ雨季が続いているのか天気こそ良くなかったものの,相変わらずのんびりした空気が穏やかに僕を出迎えてくれた。いつもの宿に行くと,いつものおばさんが出迎えてくれた。僕は部屋に入って重いバックパックを下ろし,シャワーを浴びた。

 帰国までの一週間,ここでゆっくりするとしよう。






~ ~ ~




 このブログはこの記事をもって本編を終えることにします。常に自分の感性と表現力の限界を感じながら駄文と素人写真で綴ったこの拙い旅行記を,最後まで読んで下さったみなさんに心から感謝致します。そしてまた旅の途中で出会い,僕の旅を豊かにしてくれた全ての人々,日本で僕を応援してくれた友人と家族にも,心よりお礼申し上げます。
 このブログを改めて読み返してみて,もっと広い視点から記事が書けたんじゃないか等,反省する点は多々ありますが,とにもかくにも,これが今の僕に作れる最大限の作品だということになります。
 今回の旅自体,もっと深められたのではないだろうかという気持ちも多分に残っていますが,いずれにせよ,この旅が無駄にならないようにこの先の人生も前向きに生きていきたいものです。

 ところで,このブログのタイトルにしている“Asirope”という言葉ですが,AsiaとEuropeを適当にくっつけただけの造語です。僕は自分がアジア人という意識が強いので,Eurasia(ユーラシア)という言葉の順番が気に食わず,勝手にこういう順番にしました。
 もともとはその名の通りアジアとヨーロッパを回るつもりでいましたが,途中でアジアの多様性が作り出す幅広さと奥深さの虜になり,予定を変えてアジアだけを回ることになりました。ヨーロッパの記事を楽しみにして下さっている方がいらっしゃったとすれば,本当に申し訳ありません。ただ,いつかはヨーロッパを広く回りたいという気持ちはあるので,何年(何十年?)か先にまたこういう形で旅の記録をつけることがあるかもしれません。
 

 なお,ブログ本編はこれで終わりますが,この後も各国情報を兼ねた国別の簡単なまとめ記事を,総集編のような形でいくつか載せる予定です。


 それでは,ここまで読んで下さってありがとうございました。
 さようなら!


 16/9/2007 IBA at Chiang Rai, Thailand
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by Asirope2 | 2007-09-16 16:10 | ウズベキスタン

ヒヴァ/昼と夜,そして空

 ヒヴァの街の空気に,すっかり飲み込まれてしまった。街の雰囲気といい,街歩きの面白さといい,ここはインド・ラジャスタンのジャイサルメールと良く似ている。日中の40℃を越える暑さまで一緒なのには閉口するけれど,その暑さにも関わらず毎日街を歩き回っている。

 この街で一番好きな建築物は,何といってもカルタ・ミナールだ。前回も書いたとおり,当時のハーンの戦死によって工事が途中で終わってしまったためにずんぐりとした形になってしまっていて,それがどこか愛嬌を感じさせるのだけれど,同時にこれが完成していればどれほど立派で威厳のあるミナレットになっていたかと想像するのも楽しい。
 近くから見ると,さすがに堂々とした大きさを実感する。
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 ウズベキスタンの各観光地では夜になると歴史的な建物がライトアップされるのだけれど,中国と違って控え目で安っぽさがないので,僕は夜になって街を歩き回るのも好きだ。特にヒヴァの場合は街自体がサマルカンドのように明るくないので,ライトアップされた建築物が本当に闇の中に浮かび上がるようで美しい。
 カルタ・ミナールは夜もやはり堂々としている。夜の暗さの分だけ,未完成に終わった残りの部分へのイマジネーションがかき立てられ,ヒヴァの街にそそり立つ巨大なミナレットが見えるかのような気になってくる。
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 夜の街を気の趣くままに歩いていると,ふと細い路地の間から遠くにミナレットが見えてきたりする。
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 ヒヴァにはカルタ・ミナールを含めて3つの大きなミナレットがある。そのうちで最も高いミナレットに行ってみた。マドラサとミナレットが,それぞれに引き立てあっている。
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 どういうわけかウズベキスタンにはフランス人観光客がやたら多い。80%がフランス人,10%が日本人,10%がその他,というくらいだ。おかげで昼間はフランス人たちが街中いたるところにいるのだけれど,彼らは夜になるとどういうわけか全く外に出なくなる。おかげで,夜の街並を静かにゆっくりと堪能することができた。
 宿に戻る途中,宿近くの城壁に行ってみると星がきれいだった。星の輝く夜空の下のヒヴァの風景は,昔からずっと変わっていないに違いない。
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 朝起きて朝食を摂り,街を歩き始める。まだ午前9時だというのに,もう日差しがチクチクと刺さってくるようだ。そんな中でも,日陰になった石畳の小道は爽やかで涼しい。
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 ヒヴァの旧市街のメイン通りは観光客や観光客目当ての土産物屋が多く,賑やかだ。でも,そこから一筋となりの通りに行くと,急に静かになる。そこで道端の日陰に腰を下ろし,地元の人々が行き交うのを見るのが僕は好きだ。
 高く昇った太陽から降り注ぐ強烈な光と,その太陽にずっと照らされ続けてきた古い干しレンガの壁。その壁の前を通り過ぎていく,鮮やかな原色の服を着たウズベク人女性たち。そしてその背景にあるのは,常に空だ。
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 ヒヴァの空! これほど美しい空はめったにないだろう。限りなく鮮やかで,どこまでも深く,その先の広漠たる宇宙の深みすら想起させる。常に青く抜け切っていて,一点の染みもない。毎日まいにち,どこにも雲がない。高所から眺め渡すと,360°ぐるっとどこも,地平線のすぐ際まで青い空がつながっている。
 ヒヴァに何日も滞在していると,この完璧な青い空こそが,実はヒヴァの主役のような気がしてくる。カルタ・ミナールも,数多いマドラサも,干しレンガの壁も,全てがヒヴァの空にしっかりと抱かれて,だからこそその魅力を安心して解き放っているかのようだ。


 日没間際,夕日に染まったヒヴァの街を高台から眺めた。空も街も,限りなく美しかった。
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by Asirope2 | 2007-09-14 14:31 | ウズベキスタン