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お知らせ

 ビシュケクに沈没し続けるのも飽きてきたので,明日からキルギス国内をぐるっと一周してきます。ビシュケクに戻ってくるのは10日ほど後の予定で,遅くとも2週間で戻ってきます。それまではインターネットが使えず,記事の更新が止まる可能性がかなり高いと思いますので,当面は記事更新をお休みします。戻ってきてからの記事をお楽しみに!

IBA@ビシュケク
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by Asirope2 | 2007-07-28 19:03 | キルギス

ビシュケクのバザール

 僕がここキルギスで色々と料理をするときに,いつも世話になっているのがビシュケク最大のバザールである“オシュバザール”だ。ここにはあらゆる食料品や花卉類,衣類,工具など,日常生活に必要な全てのものが売られている。敷地はかなり広く,端から端まで歩くと結構時間が掛かる。この中で僕がいつも行くのは,肉売り場と野菜売り場だ。

 オシュバザール自体とても活気があってビシュケクの観光名所の一つだと思うけれど,その中でも肉売り場は圧巻だ。キルギスでは肉は塊をkg単位で買うものであり,日本のようにパックに入ったスライス肉などはどこにもない。店先には2kgほどの肉の塊がいくつもぶら下がっていて,客は棒でその肉をつつきながら品定めする。奥では斧で骨ごと肉を叩き切っているのが見える。キルギス人の肉好きを強烈に思い知らされる場所だ。
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 この肉売り場では牛,羊,馬,鶏,豚と,何の肉でもそろう。大抵の店はキルギス系の人の店だけれど,豚肉だけはロシア系白人が売っている。キルギス系の人達は緩やかとはいえイスラム教徒なので,さすがに大っぴらに豚肉は売れないようだ。


 野菜売り場には色とりどりの野菜や果物が並ぶ。
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 ときどき米を買うこともある。いろんな種類の米が並んでいて,日本と同じ種類のものもある。うまく炊けばなかなか美味しい。
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 僕はいつもだいたい同じ店で買うようにしているので,何度も行くうちに店の人と顔見知りになっていく。特に僕はキノコが大好きでいつも大量に買うので,キノコ屋のおばさんたちは僕を見ると手を振ってくれるようになった。
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 ちなみにここのキノコは1kgで200円ちょっと。僕はたいてい1kg買う。そのほかのものも相場はこんな感じ。

・牛肉1kg 550円
・豚肉1kg 400円
・鶏肉1kg 350円

・ニンジン1kg 20円
・葱一束 10円
・白菜一玉 350円

 ただし肉は骨付き。野菜は夏場は安いけど,キルギスの冬はマイナス20℃くらいまで下がるので,冬場になると野菜の値段が跳ね上がるそうだ。


 こうやってしょっちゅうオシュバザールに出かけては,晩ご飯に日本食を作るのが,僕の最近の日課になっている。さすがにそろそろ何か観光しに行こうと思ってはいる,のだけれど・・・
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by Asirope2 | 2007-07-25 14:44 | キルギス

毎日がお祭り

 ビシュケクではサクラゲストハウスというところに泊まっている。ここは去年も泊まったところで,今まで旅の中で泊まってきた宿の中でも,居心地のよさは極め付けだ。ここにいるとあっという間に日が過ぎていく。他の旅行者も同じで,数週間とか1ヶ月とかいう長期滞在者も多い。

 去年ここに来たときはオーナー夫妻の子供のさくらちゃん(当時1歳)が既に看板娘になっていたけど,今年は更に看板娘が増えた。僕が到着する1週間ほど前に,二人目の女の子のそらちゃんが生まれたのだ。オーナー夫妻は子供の面倒を見るだけでも大変だと思うのだけれど,相変わらず旅行者に対しても親切にしてくれていて,居心地のよさは全く変わらない。
 下の写真は,キルギス伝統のカルパック帽をかぶった(かぶせられた)さくらちゃん。
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 このサクラゲストハウスにはキッチンがあるので,自炊好きの僕はここで日本食を作って食べるのを楽しみにしていた。キルギスに到着したその日に,もうざるそばを作っていたくらいだ。新しいコンロが入って去年より使い勝手の良くなったキッチンで,あっという間に僕の自炊生活はエスカレートしていった。
 朝起きてご飯を(鍋で)炊くのは文字通り朝飯前。中国と国境を接するキルギスでは,味噌や醤油などの食材が簡単に手に入る。日本人旅行者と日本食パーティーを開くようになるのに時間はかからなかった。

 今ここにいる旅行者の中には料理好きも多く,何人かで分担して作れば献立も豊かになる。料理をしない人も買出しや野菜の皮むきを手伝ったりしながらみんなでご飯を作る。ある日のメニューはこんな感じ。

 ・豆腐の味噌汁
 ・きゅうりとなすの浅漬け
 ・キャベツと豚肉の味噌炒め
 ・肉じゃが
 ・炊き込みご飯


 キルギスまで行って何をやってるんだと言われるかも知れないけれど,ここにいるのは半年とか1年とか,人によっては何年も旅を続けているような旅行者ばかり。しかもわざわざキルギスのような国にやって来るのは筋金入りの旅行者たちばかりなので,日本食をつつきながらみんなでワイワイやるのは話も盛り上がり,この上なく楽しいのだ。


 そして,ソン・コルから帰った翌日はこのサクラゲストハウスのオープン1周年記念パーティーだった。オーナー夫妻を入れて10人以上の料理を,宿泊者全員の総力戦で作ることになった。
 この日のメニュー;

 ・味噌汁
 ・きゅうりの浅漬け
 ・豆腐田楽
 ・ポテトサラダ
 ・鶏の唐揚げ
 ・炊き込みご飯

 前の献立と半分くらいメニューが共通しているけど,みんな好きなので気にしない。この日はバザールで鶏肉を5キロ買った。他にも大量に野菜を買い込み,午後からの下ごしらえは人海戦術。いざ調理が始まるとキッチンは戦場と化した。普段はオーナー夫妻が使う母屋のキッチンも借りて全員で奮闘すること5時間,遂にサクラ1周年特別コースが完成した。
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 この日はちょっと頑張りすぎた。ここに泊まっている旅行者には自転車で旅をしている人も多く,そういう人達は良く食べるので普段なら作った料理がすぐになくなるのに,この日は余りのボリュームにさすがに食べきれないほどだった。もっとも,翌朝には残ったものもきれいさっぱりなくなっていたけれど。


 そして1周年パーティーの翌日は,前日の料理疲れもどこへやら,またまたバザールへ買い出しに行き,牛肉3.5キロと野菜を買ってきた。この日のメニューはすき焼き。去年ここで何度も作ったので,ここでの僕の代名詞のようになってしまっていたメニューだ。
 すき焼きは一品で済むので,肉さえ切ってしまえばあとは簡単。とはいえ,キルギスでは肉は塊でしか売っていないので,3.5キロを切り刻むのは結構たいへんだ。3人がかりで1時間近くかけて切った。日本のようにきれいな薄切りにはならないけれど,キルギスの牛肉は味が濃いので,多少厚めの方がえって肉の味が堪能できるのだ。

 この日はちょうど,翌日出発予定の旅行者が誕生日だったので,誕生日パーティーと歓送会を兼ねたような形になった。気合を入れて作ったすき焼きも幸い好評だったようできれいになくなった。うっかりしていて写真を撮り忘れたのが残念。


 ついでに今まで作った主なメニューを列挙すると,豚生姜焼き,豚の冷しゃぶ,親子丼,鶏ガラだしのにら玉スープなど。

 そんなこんなで,毎日お祭りのような日々を送っている。
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by Asirope2 | 2007-07-21 16:54 | キルギス

ソン・コル(2)

 ソン・コルの朝はとても美しかった。標高が高いので非常に寒かったけれど,それを押してでも見る価値は充分にあった。

 夜明け前の薄明の中で,青く佇むソン・コルの姿は幻想的ですらあった。
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 やがて日の出を迎えると,光を浴びた草原が一気に生命感を帯びて輝き始める。
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 そして,日の出とともに人々の一日の生活もまた始まる。
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 陽と光の変化とともに,この場所全体が目を覚まし,劇的に,雄大に,その表情を刻一刻と変化させていった。


 この美しい場所で生活する人々もまた魅力的だった。コチコルで出会った人々と同じく,みんないい表情をしていた。特に子供たちのとびっきりの笑顔は忘れることができない。
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 一見素朴なソン・コルでの生活は,見た目ほど簡単なものではないはずだ。晴れた穏やかな日にはここの生活は満ち足りて見えるけれど,何といってもここは高地だ。僕が滞在した間にも目まぐるしく天気は変わり,雨だけでなく小指の先ほどの雹も降った。彼らは夏の間だけここで遊牧生活をしているけれど,夏とはいえユルタを張る5月や,山を降りる直前の9月・10月の気候はほとんど冬といってもいいはずで,そこで生活するのは僕たち旅行者が一見して理解できるほど生易しくはないだろう。

 この場所の魅力は,単に山と湖だけが作り出したものではない。美しくも厳しい環境の中で,ここに住む遊牧民の人々が長い年月をかけて確立した生活の知恵と技とが,自然と見事に調和している。その人々の営みと,そこに住む人々の表情が,ここをこの上なく魅力的な場所にしているのだと思う。

 去年一度ここへ来たにも関わらず,ソン・コルは今年も相変わらず僕を圧倒した。今回のキルギス滞在中にまたここに来よう。必ず,戻ってくるぞ。
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by Asirope2 | 2007-07-17 18:11 | キルギス

ソン・コル(1)

 ソン・コル(ソンコルの“コル”は湖という意味。“ソンキョル”とか“ソンクル”ともいう。)はキルギスで2番目に大きい湖で,標高約3000mに位置している。コチコルの街からは車で約2時間。その道中の半分は未舗装だ。
 ソン・コルは夏の期間中,地元の人々に家畜の放牧地として利用されている。ここで遊牧生活を送っている人々のテント(ロシア語でユルタと呼ばれている)に,僕たち観光客は泊めてもらうことができる。ここは,キルギスの雄大で美しい自然と,キルギスの人々の遊牧の伝統を堪能することができる場所なのだ。

 この場所は,去年何も知らずにフラリとやって来た僕を一発でキルギス好きにさせてしまったところだ。今年になって日本を出て以来,僕はここを再訪するのがずっと楽しみだった。特に去年はソン・コルを訪れた時期が9月末と遅く,既に草の色が黄色く変わってしまっていた。もっと早い時期に来れば草が緑で綺麗だよと言われていたので,今年こそはと思っていた。
 そうして来てみたソン・コルは,去年とは全く違う圧倒的な色彩感をもって僕を出迎えてくれた。

 どこまでも続いているかのような広大な草原の脇に,様々に色調を変えるソン・コルが大きく横たわり,その草原と湖の周囲をぐるっと360度,山が囲んでいる。去年と違って全面が緑の草原は,陽が当たるとまるで草の葉自体がキラキラと輝いているかのようだった。
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 目に入る色はどれもこの上なく単純なのに,その組み合わせが素晴らしく新鮮に映る。その景色をどれほど注意深く眺めているつもりでも,視線をそらせると急に何か大事なものを見落としていたような気になってしまう。自分はこの景色の美しさを全然捉えきれていないのではないか。僕はソン・コルにいる間じゅうずっと,そんな気がしてならなかった。

 ユルタは湖岸に近いところにいくつも建てられていた。去年来たときより数が少し増えているようだった。去年は行った時期が遅かったので,いくつかのユルタが畳まれた後だったのだろうか。あるいは,ここを訪れる旅行者が増えているのかもしれない。
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 ソン・コルには2泊した。2日目が特に天気がよく,僕はユルタから2kmほど離れた丘まで歩いて行ってみた。高地なので空気が薄く,ちょっと歩いてもすぐに息が切れる。草原にはたくさんの花が咲いていて,その花を見ながらゆっくり歩いた。
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 のんびりと1時間近く歩いて,ようやく目指す丘に辿り着いた。ここから見渡す眺めは素晴らしかった。目の前には広大な草原が広がり,遠くに小さくユルタが見える。後ろを振り返ると,青空にまた山。
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 この丘に座っている時間が僕は好きだった。およそこれ以上はないと思われるほどの静けさの中で,小鳥のさえずりや虫の羽音,馬の嘶きなどが遠く聞こえてくる。余りに静かなので,相当遠く離れたところで犬が吠えているのも良く聞こえる。
 この静かな場所にあるのは,空と地面と自分だけ。穏やかにそよぐ風に包まれていると,時間の流れが止まってしまい,自分がそのまま空気の中に溶け込んでしまうかのようだった。
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by Asirope2 | 2007-07-17 18:00 | キルギス

コチコルの街

 カザフスタンのアルマティで一泊したあと,キルギスへ移動した。キルギスは去年も訪れた国で,僕にとって大のお気に入りの国だ。
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 首都のビシュケクで1週間ほどゆっくりして疲れを取ったあと,僕はビシュケクから車で3時間ほどのところにあるコチコルという街に行った。ここは街というよりも村という方がピッタリくるような,穏やかな場所だった。僕が行ったときはちょうど天気もよく,街の向こうにきれいな山並が良く見えた。
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 通りではすれ違う車が一旦停止して,運転手同士が窓越しに話をしている。村人みんなが顔見知りなのかもしれないと思わせるような光景だった。
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 こんな街だからメインストリートも小さい。ある通りの,ほんの数百メートルがこの街の中心部だった。
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 ここには露店も並んでいる。店の人も客もみんなキルギス系の人達で,ビシュケクでよく見かけるロシア系の人達はいなかった。
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 ここから5分も歩くと,家畜を放牧しているのが見えた。どこまでものどかな空気が漂っている。
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 街の反対側には小さな古いスタジアムがあった。とても静かで平和な空気の中,スタジアムの向こうには,雲ひとつない青空を背にどーんと山があった。
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 コチコルでは,旅行会社に紹介してもらって現地の家庭にホームステイさせてもらった。キルギス人の素朴な親切さは暖かく,また彼らの純朴な表情と素敵な笑顔は心に沁みた。ほんの一泊だけの滞在だったけれど,またここに来たいと強く思うような,心に残る時間を過ごさせてもらった。
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 一晩泊まって,もっと長居したいと後ろ髪を引かれる思いでここを後にした。この日は,コチコルから更に先へ進むことにしていたからだ。目的地は,ソン・コルという名の湖だ。
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by Asirope2 | 2007-07-17 17:40 | キルギス

国境! 国境!!

 ウルムチは新疆ウイグル自治区の区都らしく高層ビルの建ち並ぶ近代的な街だった。ここでは漢人の比率が高いためあまりウイグルらしさを感じないことも多い。とはいえ,場所によってはウイグル食堂が集中するエリアもあって,ウイグル料理の好きな僕はよくそこへ行った。
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 ウイグル人はとにかく羊をよく食べる。たいていウイグル食堂の前ではケバブという串焼きの羊肉を焼いていて,これに釣られて思わず店に入ったこともあった。
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 店の中で頼むのは,僕の場合は大抵この串焼きと,ラグマンという麺料理だった。ラグマンは讃岐うどんのようなコシのある麺に,羊肉と野菜をニンニクとトマトで炒めた具が乗っている。これが本当においしかった。
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 そのウルムチでは,結局観光はせずじまいだった。中国の次の目的地であるカザフスタンへの移動を準備しているうちに,観光する機会を逸してしまったのだった。僕は普段,このブログに旅の手続きの細かいことは書かないけれど,今回はちょっと趣向を変えてこのあたりの“面倒くささ”を書いてみることにする。


【カザフスタンのビザ取得】

 ウルムチに着いたのは日曜日だった。ビザの取得は“お役所”である領事館で行うので,日曜日のこの日は申請はできなかったけれど,翌日いきなり行って道に迷うと嫌なので,一度下見に行った。ビザ申請なんて,早く始めて早く終わらせるに越したことはないのだ。
 領事館ははバスを2本乗り継がないと行けないくらい遠かったけど,場所自体は比較的簡単にすぐに分かったので一安心だった。

 翌日の朝は早めに起きて申請に行く。驚いたことに,領事館の門の前には50人くらいの人だかりができていた。まだ開いていないのかと思ったら,開いてはいるけれど事務処理のスピードにあわせて入場制限をしているのだった。ちなみにその場にいた人々はカザフ系の中国人が多いようで,普段街なかで余り見ることのない顔立ちの人々が集まっていた。
 ウンザリしながらこの集団を眺めていると,スタッフの一人が「日本人か?」と聞いてきた。そうだと答えてパスポートを見せると,外国人ということで優先的に中に入れてくれた。

 領事館では申請用紙に必要事項を記入して提出。行き先や目的など簡単な質問を受けたあと,パスポートを預けて退出。受け取りは2日後だ。ちなみに質問事項は簡単だったけれど,係官の強いロシア訛りの英語が非常にわかりにくかった。何度も聞き返していると「お前は英語が話せるのか?」と言われる始末。お前の英語が悪いんだ!と言いたくなったけど,ビザがほしいのでグッと我慢。神妙に質問に答えた。

 退館して帰ろうとすると,突然「日本人ですか?」という声が聞こえた。60歳くらいの日本人男性が僕に話しかけてきたのだった。どうやらこの人だかりに圧倒されて,僕に助けを求めて来たようだった。僕を中に入れてくれたスタッフの姿を探して,このおじさんも優先的に中に入れてもらった。

 ビザを申請した翌日,宿を移った。ウルムチに着いてから2泊は高い部屋に泊まっていたので,今度は安い宿に移動したのだった。
 ここには日本人旅行者が二人いて,実は二人とも僕と同じ日にカザフスタンのビザを申請していたと判明。じゃあ明日はみんなで受け取りに行きましょう,ということになった。

 翌日の午後にみんなで領事館に行くと,相変わらずの人だかりだった。今度は受け取りの行列だ。今回は自分が日本人であることを証明するパスポートを持っていないので神妙に並んでいたけれど,しばらくして例の日本人のおじさん登場。このおじさんもこの日が受取日だった。
 おじさんもパスポートは持っていないはずだったけれど,気にせず門番に「日本人だ」と言って入っていく。何だ入れるのか,と僕らも一緒になって入れてもらった。中国人の皆さん,ごめんなさい。
 入館してしまえば,あとは預けていたパスポートを受け取るだけだった。

 こうして,めでたくカザフスタンビザが取れた。面倒ではあったけれど,世界にはこれより遥かにビザ手配が面倒な国もある。これはかなり楽なほうだ。


【カザフスタンへの交通手段の手配】

 カザフスタンのビザを取ると,土曜日発の夜行列車の切符を買おうと思い,今度はその足で鉄道駅へ向かった。ウルムチからは,夜行列車に乗ってカザフスタンのアルマティという街に行くつもりだった。この夜行列車は週に2本,月曜日発と土曜日発のものしかない。
 切符売り場に行くと,しかし閉まっていた。この日は水曜日。土曜日の切符は月曜日と木曜日にしか売っていないらしい。仕方ないので翌日もう一度来ることにした。

 明けて木曜日,同じ宿の日本人旅行者と一緒に3人で駅に行った。切符売り場が開くのを待っていると,例のおじさんも来た。4人で一緒に行けたら楽ですね,なんてことを話しているうちに切符売り場が開いた。
 ところが,狙っていた土曜日発の切符は既に売り切れているという。何てこった! しかも月曜日の切符はその日は売ってくれず,また明日来いとのこと。何も手に入れることなく,この日も駅を後にした。


 ここで4人で作戦会議。月曜日まで待つかどうかが問題だったけれど,4人のうちの1人がビザ期限が切れるため月曜日の便には乗れないと言うことだった。代替手段はバスしかない。アルマティは遠い。アルマティへ直行する国際バスは寝台バスなのだけれど,中国の寝台バスはベッドが狭いので,体の大きな僕はできればバスは避けて寝台列車に乗りたかった。僕はビザ期限に余裕はあったけれど,とはいえウルムチに長居したくもなかった。早く先へ進みたかったので,まずはアルマティへ行きバスの空席を確認しに行くことにした。

 ところが,ガイドブックに書いてあるバスの切符売り場の場所が非常に分かりにくかった。とあるホテルに売り場があると言うことだったけれど,このホテル周辺というのがカザフスタン人の溜まり場になっているらしく,ロシア語の看板が氾濫している。
 近くにいた人にアルマティ行きの切符売り場の場所を聞いて探したけれどなかなか見つからない。いろんな人に何度も場所を聞いたけれど,中国語が通じない人もいる。中国語・ロシア語・英語で知っている限りの単語を並べ立て,何とか場所を聞き出す。迷いに迷った末に,何とか発見することができた。

 切符売り場で聞いてみると,嬉しいことに翌日発のバスの切符があるということだった。結局おじさん以外の3人はバスの切符を買った。おじさんはさすがに月曜日発の寝台列車を待つとのことで,ここでお別れすることになった


【カザフスタンへの移動】

 切符を買った翌日,夕方にバスターミナルに行くと立派なバスが待っていた。寝台も意外と広く,ホッとした。ターミナルの食堂で最後のウイグル式ラグマンを食べ,バスに乗り込んだ。

 バスが出発してしまうともうすることはない。毎日ビザや切符の手配で動き回っていたので少し疲れていたらしく,じきに寝てしまった。

 翌朝早くに,バスは国境の街コルガスに到着。高速道路のサービスエリアのような場所で国境が開く時間まで待つ。みんな朝ごはんを食べたりトイレに行ったりしているけれど,僕は国境越えを目前にしてちょっと緊張気味。何を隠そう,僕は越境手続きというのがとても嫌いなのだ。

 やがてバスは国境ポイントへ移動した。国境からは雪をかぶった天山山脈が見えた。
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 まずは中国側の出国手続きだ。出国カードを書いて列に並んだけれど,これがなかなか進まない。1人だとヒマだけど,今回は同行者がいるので助かる。
 出国審査ブースの手前まで来ると,係官の一人が話しかけてきた。お前のパスポートは赤いけれど彼のは黒いじゃないか,なぜなんだ,と聞いてくる。赤は10年有効で黒は5年有効なんだ,と答えると「ああ,なるほど!」という顔をした。彼は偽造パスポートを警戒していたらしく,これは予想外の答えだったようだ。

 この係官,よほどヒマなのか色々と質問してくる。日本人はここによく来るが,なぜカザフスタンやウズベキスタンに行くんだ? 中央アジアの歴史に興味があるから,と答えると,中国こそ長い歴史があるぞ,と言ってくる。いやいや,中国にはもう1ヵ月半もいたからね,と言うと納得してくれたようだった。
 出国審査自体は簡単な質問を受けただけで無事に通過。バスを来るのを待って,今度はカザフ側の入国審査場へ移動した。


 カザフ側の国境はなかなか面倒だった。通常入国審査は税関検査と一緒になっている。当然荷物を持っていないといけないのでバスのトランクを開けてもらおうとすると,ドライバーから先に審査場へ行けと言われる。仕方ないので不安なまま列に並んだ。

 しばらく待ってあと二人で僕の番というところで,おばさんがいきなり割り込んできた。そしてなんと,このおばさんは「私たちグループだから」と言い放って連れの10人くらいを一気に割り込ませようとしてきた。冗談じゃない。頑張って阻止しようとするけれど,向こうも諦めない。声を荒げて言い合いになったところを係官に制止された。
 ちなみにこんなのは日常茶飯事のようで,係官はこのあと何事もなかったかのように,僕たちと割込み組を一人ずつ交互に審査ブースへ通していた。

 自分の番が来てしまえば入国審査自体はすぐに終わり,次に税関検査。ところが肝心の荷物はバスのトランクの中。何だかよく分からないまま小さな手荷物だけで通過してしまった。
 ところが審査場の外に出ると,バスのドライバーが寄ってきて荷物を取って来いと言う。でももう審査場を出てしまったし,という顔をしていると,ドライバーは「ついて来い」というようにどんどん審査場を逆走しはじめた。税関でも入国審査ブースでも係官に「荷物を取ってくるから」と言って通り抜け,バスの停まっている場所に戻ってきてしまった。
 荷物は既にバスのトランクから降ろされていて,それを背負うと今度はまた審査場へ。まだ行列の続いている入国ブースの脇を通り抜け,荷物のX線チェックをすると再び出口に戻ってきた。
 こんなに簡単に逆走できる国境は初めてだった。でも国境さえ抜けてしまえばこっちのもの。これで無事にカザフスタンに入ることができた。


 全員が出てくるのを待ってバスはいよいよアルマティへ出発。途中で昼食に立ち寄ったレストランではカザフスタンの物価の高さを実感。産油国であるカザフスタンの物価は年々上昇しているらしい。
 昼食後はもうひたすら走るだけ。どこまでも広がるカザフスタンの草原の中を,バスは時速100キロくらいで飛ばし続ける。ときどき馬や牛や羊の姿も見える。途中2回ほどトイレ休憩があっただけで,午後7時ごろにようやくアルマティに着いた。約27時間の移動がようやく終わった。


【キルギスへの移動】

 僕の今回の移動はキルギスの首都ビシュケクが最終目的地だ。カザフスタンには一泊しただけで,翌朝すぐにバスターミナルに行き,ビシュケク行きのバスに乗った。ウルムチからここまで一緒だった日本人旅行者とはここでお別れ。面倒な国境を一緒に越えた,ありがたい仲間だった。

 ガイドブックにはアルマティからビシュケクまでは5時間と書いてある。もうあと少しだ。昨日と同じようにバスは草原の中を走り続ける。信号がないのでどの車も時速100キロ以上で疾走している。アルマティ市内を出るときに標識を見ると,ビシュケクまでは約250kmと書かれていた。ところが2時間半ほどでもうビシュケクまで26kmという標識が見えた。あれ,ひょっとしてもうキルギスに入っているのか?

 他の旅行者から,カザフ人やキルギス人は両国の国境をフリーパスで通れると聞いていた。ひょっとして国境管理が甘く,知らないうちにキルギスに入っていたら,カザフ人でもキルギス人でもない僕は不法入国したということになって面倒なことになる。これはまずいと思って,他の人に「もうキルギス?」と聞くと「いや,まだだ」と答えが返ってきた。少しホッとして,それでも道端の様子に気をつけながらバスに揺られ続けた。

 そのうち,バスは国境ポイントに到着した。当り前ながらちゃんとゲートがあって,出入国審査場もあった。ロシア語が分からないので周りの人に助けてもらいながらも順調に国境を通過。前日の中国ーカザフ間よりも遥かに簡単だった。2日続けて国境を通過して,遂に念願のキルギス入国。やった! 遂に来たぞ!!

 国境を越えてしまえばビシュケクまではすぐだった。やがてバスは見覚えのある道に入った。地理が分かると楽チン。去年も泊まったお気に入りの宿の近くで降ろしてもらい,宿へ向かって歩く。ぼくはこの宿に今年も泊まるのをずっと楽しみにしていた。いよいよここまで来たのが嬉しくて仕方ない。自然に歩くペースも早くなった。5分ほど歩いて,ついに目指す「サクラゲストハウス」に辿り着いたのだった。
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by Asirope2 | 2007-07-11 02:24 | キルギス

中国横断完了

 敦煌で出会ったトシ君とはトルファンでもずっと同じ宿に泊まっていた。二人の観光の興味の対象や生活パターンが全く違うので,同じ部屋に泊まっていながら常にどちらかが部屋にいなかったり,どちらかが寝ていたりしてはいたけれど,やはり同行者がいるというのは心強かったし,夜になって(珍しく)二人とも部屋にいるとき,旅について語り合ったのも楽しかった。彼の感性と経験に裏付けられた話は,僕にはとても大きな刺激だった。

 そのトシ君ともついにお別れのときが来た。二人の進路が重なっているのもトルファンまで。このあと彼は,トルファンの南西にあるカシュガルという街へ向かっていく。そして僕の目的地は,トルファン北西のウルムチという街だ。暑くはあっても魅力的だったトルファンに別れを告げ,そして強烈な印象を僕に植え付けてくれた“相棒”トシ君にも別れを告げて,僕はウルムチ行きのバスに乗った。
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 トルファンからウルムチまでは200km足らず,バスは2時間半ほどで到着した。新疆ウイグル自治区の区都であるウルムチは高層ビルの建ち並ぶ近代的な大都市だった。標高900mと少し高いところにあるので,トルファンと違って涼しく過ごしやすい。ウイグル人の姿も当然目立つけれど,トルファンに比べると漢人の比率が目立って多く,エキゾチックな雰囲気は薄い。


 そのウルムチに来て,僕はフーッと大きく深呼吸するような気持ちだった。香港から中国本土に入ったのは一ヶ月以上前だ。このウルムチが中国で滞在する最後の街になるので,ということは,これでようやく中国横断を果たしたことになる。
 もう本当にウンザリするくらい大きな国だった。移動しても移動しても地図上では少ししか進まない。一体いつになったらウルムチに辿り着くのだろうかといつも思っていた。中国横断を果たした自分へのご褒美として,少し高めのホテルに2泊することにした。

 でも実を言うと,当初は僕もトシ君と同じようにカシュガルへ行こうと思っていた。けれども余りに大きな中国にちょっと飽きてしまって,だんだん次の国に早く行きたくなってきたというのが本音だ。
 中国の次の目的地は西の隣国キルギスなのだけれど,その首都ビシュケクは,途中カザフスタンを経由すれば,カシュガルから行くよりもウルムチから行った方が早い。そういうわけで,ここウルムチが中国最後の街となったのだった。

 ウルムチでは,観光のかたわらカザフスタンのビザを取ったり,カザフスタン行きの切符を手配したりする。ここには一週間ほど滞在する予定だ。
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by Asirope2 | 2007-07-02 19:05 | 中国