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武陵源景区(2)

 昨日に続いて今日も武陵源へ。この公園の入場料はかなり高い。入場券は2日間有効なので,そうなるとついつい行ってしまうのが庶民の悲しさ。もっとも,昨日まわったのは公園内のごく一部だけだったので,ほかの場所も見たいという気持ちが強かった。昨日と同じような曇り空だったけど,気にせずバスに乗った。
 昨日のガイドおばさんとは公園の入り口で9時に待ち合わせをしていた。今日のコースを確認して,いざ出発。

 今日は昨日のようにいきなり登山ではなく,しばらく川沿いの遊歩道に沿って歩く。湿った空気は土や気の匂いに満ちていてかぐわしく,とても気持ちのいい場所だった。
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 1時間も歩いたころ,また上り坂が始まった。悪いことに雨も降ってきた。傘を差して,雨と汗に濡れながら今日もひたすら坂道を登る。こうなるともう周囲の景色を見ている余裕はなく,うつむいた僕の視野に入ってくる石段を,何も考えずに一段ずつ消化していく。
 幸い雨は1時間もしないうちにやみ,まもなく上り坂も終わった。目の前には,昨日と同じように雄大な景色が広がる。
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 そのうちガイドおばさんが,もう○×△♪□に着くよ,というようなことを言ってきた。最初は何のことかさっぱり分からなかったけど,何度も聞いているうちに突然ピンときた。この武陵源の有名な見所のひとつの名前だった。少し歩くとその場所,「天下第一橋」に着いた。
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 これは地面から400メートルの高さにあるという,橋状の形の岩だ。上を人が通れるようになっているけれど,ご覧の通り人があまりにも多くて僕は渡らなかった。そのかわり,すぐ近くにある展望台の眺めを楽しんでいた。そちらは人が少なく,ゆっくり楽しめた。

 そこからはまた歩いたりバスに乗ったり,途中でいくつも眺めのいい場所を通りながら,今日の一番の目的地である天子山というところに向かう。
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 天子山はこの武陵源でも人気のある場所のひとつのようで,ここに着くとさすがに人が多かった。みやげ物屋も多くて騒がしい。例のごとくさっさと通り過ぎようとしたけれど,一つだけ面白い岩があった。「仙女散花」という名前の岩で,仙女が花を捧げているようなその姿から名付けられたそうだ。
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 この近くにも,またひっそりとした展望台があった。最後にここからの景色をゆっくり眺め,下山した。
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 さすがに2日間歩き回って疲れたけれど,きれいな景色と空気に満足した2日間でもあった。
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by Asirope2 | 2007-05-29 20:42 | 中国

武陵源景区(1)

 張家界の街,といってもそれがすぐに分かる日本人は少ないだろう。かく言う僕も,今回の旅でガイドブックを開くまでこの街のことを全く知らなかった。張家界は湖南省の西北部に位置していて,沖縄本島とほぼ同緯度だ。湖南省の“湖”とは洞庭湖のことで,三国志ファンにはお馴染みだろう。呉の国が水軍を訓練したところで,ということはまだまだ華南地方だ。

 この張家界の街からバスで小一時間も行くと,武陵源景区という世界遺産の自然公園に着く。早速ここへ行ってみたけれど,予想に違わず素晴らしい眺めだった。

 バスを降りると観光ガイドが何人も寄ってきた。もともと一人で歩こうと思っていたので,日本人だから中国語がわからない,と言って追い払おうとしたのだけれど,これが熱心にいつまでも付いてくる。入場券を買って公園内に入っても,まだおばさんガイドが一人ついてきた。
 さすがにしつこいなあと思ったけれど,ふと相手が「一天三十元(1日で30元=500円)」と言っているのがわかって(その程度の中国語は勉強していた),おや安いなと思った。どうせ2,3千円取られるだろうと思っていたのだ。素朴で親切そうな人だったので,それではとお願いすることにした。

 公園に入ってすぐ,きれいな小川の風景が目に飛び込んできた。この日はあいにく,いつ雨が降ってもおかしくないような曇り空だったけれど,そのおかげでかえって靄がかかり,美しかった。
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 ガイドおばさん(名前を聞き忘れてしまった)は,こっちが中国語は分からないと言っているのにどんどん中国語で話しかけてくる。とりあえず行き先を伝えなければと,向こうが持っていた地図を広げて希望の行き先を伝える。今日行こうと思っていた黄石塞景区というところは標高1100メートルの台地になっていて,根性のない僕は登りはロープウェイ,下りは徒歩にしようと思っていた。ガイドおばさんにそう伝えて,いざ出発。

 このおばさん,50歳くらいの小柄な人だったけれど,さすがプロ。急な上り坂をタカタカと軽快に登っていく。僕も毎日街歩きをしているのでそう簡単にはへこたれない自信はあったけど,すぐに汗が滝のように流れ始めた。これほどの上り坂があるのなら,替えのTシャツを持ってくればよかった。

 そのうち,目の前に壮大な景色が現れ始めた。奇岩がいくつも突き立ち,遠くまで幾重にも並んでいる。すっきりと晴れていればまた違った見え方をしたのだろうけど,湿気でかすんだ空気の中での景色もなかなかのものだった。土と草木と水のいい匂いに包まれて,僕は満足していた。
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 歩き続けるうちに,僕は「上り坂をロープウェイで」という希望がおばさんに全く伝わっていなかったことに気付いた。もう1時間も登ってるぞ。こっちは汗だくだけど今さら戻ることもできず,仕方なしにそのまま登り続けた。
 ただ,このガイドおばさんには来てもらって良かった。道中にはいくつも展望台が設けられているのだけれど,その中のいくつかはあまり目立たず,景色がいいのに人がほとんどいなかった。おばさんはそういう場所に来ると必ず,「ここは見ときなよ」という感じで教えてくれたのだった。
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 人気のない静かな展望台で景色を眺めるのは本当に気持ちが良かった。岩の尖頭と山々は,遠ざかるにつれて霧とも霞ともつかない中に溶けるように消えていく。距離の違いが色彩の違いとなり,遠近感が強調されて美しい。その背景の空は雲に覆われて白一色だったけれど,その白は画用紙のように平坦なものではなく,すべての景色を包み込む無限の奥行きを持っていた。
 景色だけではなく,音もまた遠近感に富んだものだった。遠くからも近くからも鳥の鳴き声が聞こえてきたけれど,距離の遠近は単にその声の大きさだけに影響するわけではない。近くの鳥の声は鋭く明瞭に響き,遠くの鳥の声はかすかな残響を伴って柔らかくかすむ。そしてそれを包む静けさも,夜にベッドで寝るときのような密閉空間のそれとは違い,どこまでも拡がっていく広大な静寂だった。
 僕はこういう,空間の広さを感じることのできる場所が大好きだ。
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 急坂をひたすら登り続け,やがて頂上に着いた。ここには展望用の楼閣が建っていたけれど,とにかく人が多くて騒がしい。すぐに退散することにして,登ったときとは別の道から降り始めた。こちらの道は歩く人が少ないようで,石畳にも苔が生えていて視界が一面の緑。きれいだったけれど,たくさんの蚊がつきまとってくるので立ち止まることができない。疲労と空腹にフラフラになりながら,ようやく麓まで戻ってきた。
 ちなみにガイドブックには,黄石塞の頂上まで登りは3時間,下りは1時間半と書かれていたけれど,このガイドおばさんにかかると登り2時間,下り1時間だった。参りました。

 このあと,ガイドおばさんの娘さんのクラスメートという若い女性が現れた。この女性,近くのレストランの人だったのだけれど,なんと日本語を話した。昔は中国人のほか日本人も相手にガイドをやっていたらしい。どうやらガイドおばさんが中国語の話せない僕のために呼んでくれたようだった。話をしながらそのままこの女性のレストランに行き,ガイドおばさんも一緒に昼食。かなり高かったけれど,信じられないくらい美味しい鶏鍋を食べた。

 本当はこのあと,午後も公園を歩くつもりだった。武陵源景区は本気になって歩くと4日か5日はかかってしまうほど広大なのだ。でもこの日はハードな登山にさすがに疲れ果て,ここでおしまい。張家界の市内に戻るためにバスに乗った。
 バスに乗ると同時に雨が降り始めた。明日は晴れたらいいのだけれど。
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by Asirope2 | 2007-05-28 23:16 | 中国

中国上陸!

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 ああ,無事に着いた。張家界の街中でとある安宿にたどり着き,そこの部屋に落ち着いたとき,まずそう思った。もっとも香港からの道中がそんなに大変だったわけではない。それどころか,むしろ極めて順調だった。だから,「無事に着いた」とホッとしたのも,中国という国に対して抱いていた不安が杞憂に終わって安心した,という感覚だった。

 香港から中国の広州まではバスを利用した。途中で国境を越える国際バスだったけど,中国側の入国審査は他の国と特に変わらず,すんなりと入国。中国側で新しいバスに乗り換えて広州へ向かった。香港中国旅行社というところのバスを利用したけど,国境でのバスの乗り継ぎ案内なども丁寧で戸惑うことは何もなかった。

 広州に着いてみると,ここはもう大都会というしかないような巨大都市だった。驚くほど大きな高層ビルが林立し,完全な近代都市。都会の苦手な僕はちょっと圧迫感を感じながら鉄道駅へと向かった。もともと広州に滞在するつもりはなかったので,同じ日に広州から張家界へ向かう夜行列車の切符を香港で手配していた。実際に街を見てその判断は正しかったと思った。この大きな街では,安宿を探して歩き回るだけでも大変だろう。

 中国の鉄道駅では,乗車前に列車ごとに指定された待合室に入って出発を待つ,という仕組みになっている。待合室といっても一本の列車に乗る客すべてが集まるわけだから,混雑していて騒々しい。それでも重いバックパックを下ろせるのでありがたかった。
 列車を待つ間に待合室の売店をのぞいてみた。さすがに中国,たくさんの食べ物が並んでいる。僕は夕食用にカップラーメンとバナナを買っておいた。

 列車に乗るとエアコンが入っていて快適だった。目的地の張家界までは15時間。中国では30時間,40時間といったものすごい長距離移動でも座席車で移動する人たちがいるけれど,さすがにそんなことをする根性は僕にはなく,今回は寝台車の切符を買っていた。自分のベッドを見つけて荷物を網棚に乗せてしまえば,あとは張家界に着くのを待つ以外にすることはない。
 この時点で,僕は中国の旅がおそらくインドのそれより楽であろうと見当をつけていた。言葉はまったく通じないけれど,人々が作り出す空気はインドに比べてよほど穏やかで,秩序を持ったものだったからだ。

 列車が動き出してしばらくすると,車内販売のお弁当を持った係員がやってきた。カップラーメンを買っていたので少し迷ったけれど,白ご飯の誘惑に負けてその場で購入。茹でたキャベツの上に豚肉と獅子唐辛子の炒め物が乗ったおかずに白ご飯。なかなかおいしくて満足した。カップラーメンは結局翌朝の朝食となったけど,バナナの方は甘みが強くて十分おいしく,夕食後にあっという間に食べてしまった。

 列車は快調に走り続け,翌朝10時頃に張家界の駅に到着。ここからが今回の行程の一番の難関。駅は市内から結構離れていて,市バスに乗らないといけない。ところが僕の持っているガイドブックには肝心の市街地図が載っておらず,どこで降りればいいのやらさっぱり分からない。
 ただし当の本人は至ってお気楽で,まあ何とかなるだろうと思っていた。初めての場所を訪れるときの感覚が戻ってきた。市内というからには繁華街で降りれば間違いないだろうし,そこが繁華街なら,たとえ市内でなくてもバスなりタクシーなりをつかまえるのは簡単だろう。いずれにしても,悩んでもどうしようもないし,いざとなったらお金と時間をかければ解決できるのだ。しかも幸いにしてまだ午前中だ(これが夜遅いと,多少事情が違ってくる)。

 バスに乗るとき,車掌のおばさんに行き先を確認するため,メモ帳に「市内」と書いて見せていた。このおばさんが親切な人で,市内に入るとわざわざ「どこへ行くの?」と聞きに来てくれた。とりあえずバスターミナルの近くなら安宿も多いだろうと思い,中国語の会話集を出してバスターミナルに行きたいと伝えた。するとおばさんは,じゃあここで降りて歩いてちょっと戻ってね,と教えてくれた。もう市内に着いていたのかと思いながらバスを降りる。
 いよいよ張家界の街に着いた。とは言っても背中には重いバックパックを担いでいる。はやく宿を見つけてシャワーを浴びたい。とりあえず賑やかそうな方向に歩き始めた。

 中国の宿事情は貧乏旅行をやっている人間には多少厄介なもので,安い宿は公式には外国人が泊まれないことになっている場所が多い。そうは言っても実際には泊まれてしまうケースがほとんどと聞いていたけれど,初めて中国で宿探しをする僕にとっては気の重い話だった。
 途中,何軒か高そうな宿の前を通り過ぎる。もしどこもダメだったらここに戻ってくればいいかと思いながら歩いていると,ナントカ招待所(日本にはない漢字で読めない)というところを発見。ダメもとで入ってみた。

 宿のフロントでは,双方まったく言葉が通じない中,それでも何とか一泊40元(600円)で泊めてもらえるらしいことがわかった。部屋は結構広くてきれいだった。エアコンはなかったけれど,香港ほど暑くないので苦にならない。無事ここにチェックインして,ホッと肩の荷を降ろしたのだった。

 張家界の近くには,武陵源という世界遺産地域がある。ここを訪れるのが,張家界へ来た目的だ。
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by Asirope2 | 2007-05-28 22:40 | 中国

懐かしい味

 香港島の上環というところに行ってみた。このブログを読んで下さった方から,上環は面白いんじゃないかと教えて頂いたからだ。上環にはマカオ行きのフェリーターミナルがあり,マカオとの往来のときはいつもここに来ていたけれど,このあたりを歩いたことはなかった。地図を見ると確かに細かい路地がたくさんあって面白そうだ。

 九龍半島から地下鉄に乗って上環に着くと,フェリーターミナルのある出口とは反対側の,いつもは使わない階段から地上に上がった。周りの風景を見て,ああ大阪やな,と思った。都会と下町が微妙なバランスで混ざっていて,見事に大阪の中心部そっくりだった。背中に背負ったリュックサックから,店で買ってきた葱の先っちょをのぞかせたまま歩いているおばちゃんがいたりして,なかなか生活感もある。これは面白いぞ,と思って歩き回った。
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 そのうち急な階段を見つけた。大汗をかきながら登っていくと,小さなお寺があった。文武廟だったか何とかいうお寺で,小さなお寺ではあったけど,参詣人も多く結構にぎわっている。香港でも有数の古いお寺のようで,案内板には英語や日本語の説明書きもある。しばらく眺めていると,日本人の団体客もやってきて,香港人の日本語ガイドが何やら説明を始めた。どうやら有名なお寺らしい。
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 外観は小さく,背後に林立する高層住宅の中では少し唐突な印象を覚える。しかし一歩中に入ると祈りの場らしい厳粛な空気だった(もっとも祈りの内容は商売繁盛がほとんどじゃないだろうか)。無数のお線香が焚かれていたため,内部は煙で白っぽく見えた。
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 このお寺の周辺にはみやげ物の露店がたくさん出ていた。石彫り細工や掛け軸,中には毛沢東の像ばかり並べた店もあった。
 特に何を買うわけでもなく,適当に店先のものを眺めながら歩いていると,レンガ建ての立派な建物が見えてきた。なんだろうとよく見てみるとYMCAだった。香港のYMCAといえば,沢木耕太郎が「深夜特急」の中で泊まろうかどうしようか迷った挙句,そのとき泊まっていた怪しい安宿の方が安いし面白いからと,結局泊まらなかったところだ。別にどうということもないと言えば何もないのだけれど,沢木耕太郎がここにも来たんだなと思うと感慨深かった。

 このあとも大阪的な街を歩き回っていたのだけれど,きょろきょろあちこちを見回しているうちに,ある看板に僕の目は釘付けになってしまった。
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 「肉骨茶」は「バクテー」と読む。これを知っている人はまず間違いなくマレーシアの滞在経験の長い人だろう。肉骨茶はお茶ではない。豚肉をぶつ切りにして,朝鮮人参などの漢方を入れたスープで煮込んだ,マレーシアの薬膳料理だ。これは華僑の食べる“中華”料理だけれど,マレーシアで生まれた料理であって本家中国には存在しない(だから店の看板にも「馬来西亜」と書いてある)。
 この肉骨茶を香港で見かけるとは全く思いもよらなかった。僕の頭の中はすぐに肉骨茶で一杯になってしまった。僕は肉骨茶が大好物なのだ。そのときお腹はあまり空いていなかった。でも食べたいなあ。ここで食べないと当分食べられないぞ。きっとおいしいぞ。
 気が付いたときには僕は肉骨茶を一人前注文していた。
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 土鍋に入って湯気を立てながら出てきた肉骨茶は,見かけも香りも,そして嬉しいことに味もマレーシアのものと全く変わらなかった。この黒いスープがまたおいしいのだ。白ご飯と一緒に食べると,マレーシアのペナン島やクアラルンプールの風景が浮かんできた。またマレーシアに行きたいなあ。

 テーブルには肉骨茶の由来の説明書きが置いてあった。もちろん中国語だけれど,だいたいの意味はわかってしまう。30年代に中国から大勢の労働者がマレーシアに移住した。肉体労働を支えるため,彼らは豚の肉やモツや骨を漢方で煮込んで食べるようになった。それが発展して,いつか肉骨茶はマレーシアを代表する料理になった。ちなみに,これを食べ終わった後に中国茶を飲んで口の中の油分を流してしまうのが習慣だったので,「肉骨茶」と呼ばれるようになった...


 久しぶりの肉骨茶に大満足した僕は,気分よく重慶大厦に帰った。これが果たして香港観光といえるのか,甚だあやしいところはあるけれど,何はともあれ充実した時間を過ごすことができた一日だった。上環を教えてくださった方,本当にありがとうございました。
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by Asirope2 | 2007-05-25 13:17 | 中国

香港の夜景

 香港の夜景をまた見に行った。この日は日中久しぶりに陽光が差し,暑くはあったけれど気持ちよかった。日が差したといってもカラッと晴れ上がるわけではなく,雲の合間に青空が見える程度だったから夜景を見に行ったときも相変わらず空は雲に覆われていたけれど,初日のようにビルの尖端が雲に隠れるほどではなく,それなりにきれいな景色を楽しむことができた。

 香港は中国本土とつながっている九龍半島と,海を隔てた香港島,そしてその周囲に散らばるたくさんの小島からなる。この九龍半島の端の部分はフェリーターミナルや美術館があるとともに,ちょっとした公園として整備されている。もちろん土地の狭い香港のことなのでそれほど広くはないけれど,夜になると景色を楽しみに地元の香港人や観光客がたくさん集まってくる。
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 僕が行って10分ほど経った頃,音楽が流れ始めた。対岸の景色を見ていると,なんと音楽に合わせて照明がついたり消えたりしていた。僕は香港の情報を調べずに来たので,こんなショーをやっているなんて全く知らなかった。たまたま運良く,僕はショーの直前に夜景を見に出かけていたのだった。
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 これを見ていて,僕は素直に楽しかった。なんだか,ほんの束の間だけ一時帰国して,久しぶりに日常の生活に戻ったような気がした。こういうのもたまにはいいものだ。

 この日,申請していた中国ビザが下りた。あとは列車の切符だ。大まかなルートもほぼ固まり,いよいよ目前に迫ってきた中国の旅を前に,いいリフレッシュになった。
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by Asirope2 | 2007-05-24 12:24 | 中国

香港今昔

 旅行会社に依頼した中国のビザ取得と中国国内の鉄道の切符を待つ間,数日の時間がある。どちらかというと僕は香港が苦手なのだけれど,せっかくなので街の様子を見て回った。

 いま泊まっている重慶大厦があるのは九龍半島の先端部にある尖沙咀(チムシャツォイ)という場所だ。ここから10分ほど歩くと佐敦(ジョーダン)という場所に出る。恐らくこの佐敦付近の一帯が,一般に日本人のイメージする香港に最も近いと思う。道路上にたくさん張り出した巨大で派手な看板は,まさに香港といった感じだ。
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 沢木耕太郎の有名な「深夜特急」の旅はまず香港から始まる。その第1巻では,旅の最初に香港に降り立った著者の興奮が臨場感たっぷりに描写されていて,このシリーズの中でも最も面白いと僕は思う。僕が旅に出ようと思ったきっかけの一つはこの本だし,そういう日本人旅行者は他にも数知れないだろう。
 ただ一つだけ残念なのは,実際に香港に来てみると,本物の香港は小説に描かれた香港ほど面白くないということだ。

 「深夜特急」の中で,著者が非常に興奮した場所がある。佐敦のすぐ近くにある「廟街」というところだ。数え切れないほどの屋台や露店が通りに沿って延々と並び,香港の人々の熱気が渦巻く。沢木青年はそこを熱病にかかったように歩き回る,ということが書かれていた。
 しかし残念なことに,その廟街で僕は沢木氏と同じ興奮を感じることができない。確かに屋台で多くの人が食事をしている場所もあるけれど,見ているこちらを圧倒するようなエネルギーの放射はここにはない。香港が変わったのか,僕の感性が沢木氏のそれと異なるのか。あるいは僕の感受性が鈍いだけなのか。
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 実際のところはよく知らないけれど,香港が変わってしまったのだろうと僕は思っている。確かに佐敦のあたりは香港らしい風景が広がっているけれど,そこを少し離れるともう日本の都会と変わりない風景ばかりだ。
 別に香港が悪いというわけではない。香港には香港の発展があるのだし,日本だって昔の街並はすっかり姿を消して,どこに行っても変わり栄えのしない風景ばかりになってしまったのだから。要するに都会化してしまったということだ。土台となった香港固有の文化は随所に顔を出すけれど,表面上は落ち着いた顔つきになっている。清潔で洗練されていて,そして個性は薄められている。
 恐らく今回の僕の旅の中では,ここ香港が最も日本に近い空気を持つ街だろう。
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 僕にとってはむしろ,マカオが沢木氏の香港のような存在だった。強烈なエネルギーを放射するというのではないけれど,庶民的な空気が濃密に満ちている下町の風景に,去年旅に出たばかりの僕は興奮して歩き回った。ただその場所がどこであれ,そういう街に旅の初めに出会えたということは非常に幸運なことだったと思っている。


 中国本土もいま,どんどん都市化が進んでいると聞く。今が古い中国を見る最後のチャンスかもしれない。あるいはもう手遅れになっているのだろうか。かつて香港を訪れた沢木青年のように,そしてマカオを訪れたときの自分自身のように中国でも興奮できるだろうかと,多少の焦りとともに思いを巡らす日々だ。
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by Asirope2 | 2007-05-23 12:52 | 中国

重慶大厦

 香港では重慶大厦(「チョンキン マンション」と呼ばれている)というところに泊まっている。重慶大厦は特定の宿の名前ではなく,5棟ほどの雑居ビルの集合体の名前なのだけれど,各ビルの各階に数え切れないほどの安宿が入っている。もちろん安いだけあって,部屋は極端に狭いし,余りきれいでないところも多いようだ。タイなどの国と比べればそれでもまだかなり高いけれど,土地が狭く宿代が全般的に高い香港では有名な存在で,世界中から旅行者が集まってくる。
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 ちなみに,この「世界中から」という言葉がこれほどピタリと当てはまる安宿街も珍しいかもしれない。欧米人や日本人の旅行者はもちろん,黒人とインド人の姿も非常に多く,他に中国人も結構来ているようだ。パキスタンあたりから来たのか,丈の長いイスラム服を着てイスラム帽をかぶった人もいる。何も知らずに目隠しをされてここに連れてこられて,ここが香港だとすぐに分かる人は少ないだろう。独特の活気のある異空間だ。

 この重慶大厦,香港の安宿街として有名ではあるけれど,一方でその特異な雰囲気に圧倒されてしまい,一歩中に入っただけで回れ右をして,別のまともな(?)宿を探し始めたという人もいるらしい。
 僕は去年初めてここに来たときからそれほど違和感は感じなかった。多分その雰囲気が,大阪の駅前ビル群とよく似ているからじゃないかと思う。あそこもなかなか不思議な空間だけれど,あれをもう少し賑やかにして,目一杯多国籍にすると重慶大厦になる,と思えばまず間違いないだろう。ある意味では,香港で一番おもしろい場所かもしれない。
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 重慶大厦の1階には宿はなく,様々な店がある。両替屋,服屋,雑貨屋,食品店などが,狭くて少し薄暗い中にゴチャゴチャっとひしめきあっている。特にインド人が元気で,あちこちにインドカレー屋があるほか,携帯電話屋の店員などもたいていはインド人だ。おかげで重慶大厦に一歩足を踏み入れるとインドカレーのにおいが漂う。店先ではインドのポップスが聞こえてきたりして,気分はあっという間にインドだ。
 インドカレーの好きな僕は早速,久しぶりのカレーを楽しんだ。インドにいるときは中華などカレー以外のものが食べたくて仕方なかったときもあるのに,最近は中華料理が続いているので,久々にカレーを食べると非常においしく感じる。このカレー,味はインドそのままだけど,値段はさすがにインド並みとは行かない。これに限らず,ここ香港はとにかく物価が高いのだ。
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by Asirope2 | 2007-05-23 12:46 | 中国

香港へ

 朝起きて窓の外を見た。また雨だ。これで3日続けて雨。雨が降ると気温が下がって過ごしやすくなるのはいいのだけれど,長時間降り続けるものだから気が滅入ってしまい,何をするのも億劫になってくる。昨日の朝などは激しい雨音にたたき起こされ,前日聖パウロ教会でマカオを離れようと思ったにもかかわらず,窓の外の豪雨を目にした途端にマカオ延泊を決めてしまった。
 今日もマカオに泊まろうかと思い悩んだけれど,ここでまた延泊するといつまでもマカオから出られなくなりそうな気がして,思い切って出発することにした。

 ただし,マカオ滞在を延ばしている理由は雨だけではなかった。自分の心の奥に,今まで旅したことのない中国という国への不安があったことにも,僕は気付いていた。
 今年の2月に日本を再出発して以来,今まで訪れた国は全て,過去に行ったことのある国ばかりだ。しかし中国は,仕事で北京に1週間ほど滞在したことがあるとはいえ,本格的に旅をするのは初めてだ。初めての国に行くときに不安はつきものなのだけれど,しばらく知っている国ばかり訪れていた間にこの手の不安に対する免疫がなくなってしまい,やたら過敏になってしまっていたようだ。
 精神的に元気なときであれば,初めての国に行く期待が不安を上回って前へ進む原動力になるけれど,日本を出て4ヶ月弱,知らないうちに旅の疲れが溜まってきているのかもしれない。しかし自分で決めた目的地,いつかは行かないといけないのだ。自分で自分に活を入れ,荷物をまとめ始めた。


 マカオから香港まではフェリーで移動する。雨の中フェリーターミナルに着いて切符売り場へ行くと,10分後のフェリーの切符を渡された。「あと10分しかないから急いで」と係員にせかされる。
 中国本土・香港・マカオの間には「国境」が存在し,それぞれを行き来する場合には出入国手続きをしなければならない。飛行機なら10分後の便の搭乗券を渡されてから出国審査なんて考えられないけれど,日常的に人の行き来の多い香港・マカオ間では当り前なのかもしれない。平日の昼間だったので人も少なく,あっというまに出国審査を抜けてフェリーに乗り込んだ。

 フェリーは1時間ほどで香港に到着した。のんびりしたマカオから大都会の香港に来てみると,街に建ち並ぶビルは遥かに高く,現代的に洗練されて清潔感があると同時に,少し威圧感も感じる。何となく日本の地方都市から東京に出てきたような気分だ。
 ちなみにフェリー内のTVでは「欽ちゃんの仮装大賞」のビデオが繰り返し流されていた。これに限らず,香港やマカオでは日本製品や日本の食べ物があちこちで売られていて,そういったものを見ているとちょっとホッとする。香港側のフェリーターミナル内には回転寿司屋もあって,思わず寿司が食べたくなってしまった。そのとき空腹だったらフラッと店に入っていたかも知れない。


 長期旅行者の間では,香港は中国本土のビザが非常に取りやすい場所として知られている。通常日本で中国の観光ビザを手配すると30日滞在可能なものしか取れないけれど,香港なら90日とか180日といった長期ビザも簡単に取れてしまう。
 泊まった宿の目の前にある旅行会社にビザ取得を依頼し,いよいよ目前に迫った中国の旅の情報収集に取り掛かった。何はともあれまずはルートを決めなければならない。どこの街をどういう順番で訪れるか,これを考えるのは旅の大きな楽しみの一つだ。地図を広げ,ガイドブックでどこに何があるか調べながら頭の中で広い中国を縦横に駆け回る。
 そうやって決めたルートが,実際には旅をしている途中で変わることもしょっちゅうだ。初めにいろいろ考えたのが一見無駄になるようだけれど,それはそれでまた,もう一つの旅の楽しみなのだ。

 日が沈んでから,夕食のため外出したついでに夜景を見に行った。さすがに香港の夜景は素晴らしい,といいたいところだったけれど,折からの悪天候のため雲が低く垂れ込め,高層ビルの最上層は雲の中に隠れるほどだった。その低い雲に地上の光が鈍く反射し,なにやら凄みのある風景になっていた。
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 これはこれで印象的な風景だったけれど,もう少しカラッと晴れてくれないものか。そんなことを考えながら宿に戻った。
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by Asirope2 | 2007-05-22 11:21 | 中国

マカオの聖パウロ教会跡

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 懐かしさとエキゾティシズムの交錯するマカオの下町は,一度その魅力にとりつかれてしまうと,なかなか他の場所を見に行こうという気が起きなくなってしまうほどだ。華やかなカジノのネオンとは対照的な,人々の地に足の着いた生活感が濃厚に漂っていて,文化の足元がよく見える。

 そんな下町を歩き回りながらも,僕には一ヶ所だけ必ず見ておきたい場所があった。マカオの世界遺産区域を構成している遺跡の一つ,聖パウロ教会跡だ。前面の壁一枚を残して焼失してしまったその教会の姿は,マカオの観光用パンフレットには必ず登場する,マカオの観光名所中の名所だ。
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 ここはマカオに来るたびに訪れている場所だ。そして今回またここへ来て,僕の脳裏にはマレーシアのマラッカにある同名の聖パウロ教会跡と,インドのゴアにあるボム・ジェズ教会の姿が鮮明に浮かんできた。そう,これらの今まで訪ねた場所と今いるマカオを関連付けるために,僕はここへ来たのだ。海のシルクロードというキーワードで結ばれたこれらの土地は,僕が直接目にしたそれぞれの教会の景色を媒介として,今や僕の頭の中で一つの確固たるイメージに統合されている。
 ここは前面の壁しか残っていないとはいえ,かなり規模は大きく,その姿は堂々たるものだ。火災に遭う前の姿は,ボム・ジェズ教会のように壮麗なものだったに違いない。

 この教会のある一帯は高台になっていて,教会のすぐ脇には,かつての砲台跡も残っている。「植民地マカオ」の歴史がもたらしたものは美しいセナド広場や教会だけではなく,もうすこし血生臭いものもあったのだ。砦の傍らに教会を建てるというのは,人の心の矛盾を切実に表しているようでもあり,同時に滑稽なことのような気もした。
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 ずっと降っていた雨が,砦に登りはじめた頃から強くなってきた。雨に打たれながらその場にたたずむ大砲の先には,今も上層階の建設が続く新リスボアカジノのビルが立っていた。マカオが昔も今も人の欲望の舞台となってきたことを象徴しているような風景だった。
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 砦のある丘を下りると,雨足はさらに激しさを増してきた。歴史の生き証人である教会跡をゆっくり眺めたかったのだけれど,もうそれどころではなくなくなってきて,追い立てられるようにその場を離れた。こんなところでグズグズしてないでさっさと先へ進め。ふと,聖パウロ教会からそう促されているような気がした。
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by Asirope2 | 2007-05-21 11:07 | 中国

マカオの下町

 マカオに来る観光客のほとんどが,世界遺産区域となっている街の中心部の一帯とカジノのある一帯とを訪れるだけで香港へ帰っていくのではないかと思う。
 世界遺産区域はポルトガル式の建物が建ち並び,確かに見る価値はある。この周辺はマカオのビジネス街になっている。
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 この繁華街の中に,突然ヨーロッパ調の広場が現れる。ここがマカオ市街観光の中心でもあるセナド広場だ。昼も夜も美しいこの場所には,朝から晩まで常に観光客の姿が絶えることはない。
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 このセナド広場は,マカオでも指折りの面白い場所だという気がしてならない。ヨーロッパ的なこの場所から一筋となりの通りに行くと,もう中国的というほかない風景になる。
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 この二つの場所を結ぶ細い路地がこの上なく不思議なのだ。セナド広場から中国的な通りまで,わずかに100 メートルも離れていまい。その間この路地を歩いていて,急に景色が変わったという印象を受けることはない。それなのに,ふと気が付くとがらりと違う風景になっている。まるでうまく仕組まれた手品を見ているようだ。


 このあたりは細い路地が複雑に入り組んでいる。前回マカオに来たときも,僕はここを気の向くままに歩くのが好きだった。濃厚な情緒の漂う路地を右へ左へと漂うように,足にマメができるまで歩き続けては,その表情の多彩さに興奮していたものだった。このときの印象が余りに強烈で,マカオは僕にとって忘れ難い街となったとともに,街をフラフラと歩き回るというのが僕の旅のスタイルにもなってしまった。
 今回あらためて下町を歩き回っていると,あのときの興奮がよみがえってきた。こんなに街歩きの面白い街は他にない。去年来たときに比べてはるかに多くの街を歩いた今でも,僕はそう思う。

 普段ほかの街で歩き回るときは,僕はいつも頭の中に地図を作ろうと意識している。どの道とどの道がどうつながっていて,途中どんな景色があるか,常にアンテナを立てている。そうやって何時間も歩き回ると,もうその街の地理はだいたい頭に入るし,1 年経ってその街に来てもすぐに思い出すことができる。
 でも,マカオに限っては僕はそういう歩き方はしない。ここでは何も考えずに,ただひたすら興味を惹く路地に入り込んでみるのだ。地図が複雑なマカオの下町では道を覚えようとしても覚えきれるものではないし,そんなことより古い中国の生活感が漂う下町の雰囲気に身を浸したほうがずっと楽しめる。
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 少し先に面白そうな路地がある。そう思ってそこへ歩いていく途中に,全く違う路地を発見し,ついふらふらとそこへ入っていく。どこへ行こうという意思はなく,心に感じたままに歩き回る。マカオの下町の路地という路地がまた,そういう僕を誘うためにあるのかと思うくらい,どれもみな魅力的なのだ。

 道端の何気ない八百屋での人と人のやりとり,雑貨屋の前に座って友人と将棋を指している店主,大衆食堂で何を食べるか真剣に品定めする人々。床屋で年老いた客の髪を切る主人。そこにいる人々の姿はとても自然で,また日本人である僕たちにも遠いものではない。
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 また,下町を歩いていると人々の生活が生み出す独特のにおいを感じる。食べ物のにおいや人のにおいはもちろん,衣類のにおい,書籍などの紙のにおい,水のにおい,その他にも何があるのかは知らないけれど,いろいろなにおいが混ざっている。いい匂いだとか臭いとかいうのではなくて,それらの総体が生活のにおいを醸しだしている。
 この生活のにおいはインドやタイでもよく出くわす。もちろん国によってそのにおいは大きく異なるけれど。このにおいの記憶は,目で見た風景と僕の頭の中で一体化し,その国や街の印象の一部として深く脳に刻み付けられていく。

 そうやって細い路地を歩き回ったあと,帰り道でしばらく前に歩いた道に偶然出くわしたりもする。そういうときは,道端で出会った人と別の場所で再会するような,不思議な親近感が湧いてくる。これも街歩きの楽しさの一つだ。昼となく夜となく街を歩き,その空気を楽しむのが僕のマカオ観光だ。
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by Asirope2 | 2007-05-19 12:30 | 中国