カテゴリ:タイ( 22 )

総集編(2)~ タイ

 多くの旅行者にとって旅の起点であり,中継地点であり,終着点でもあり,さらにまた憩いの場ともなるタイ。食べ物が美味しい上に,穏やかで陽気なタイ人の気質も旅行者には心地よい。僕もまたこの国に魅せられた人間の一人だ。


 マレーシア側から国境を越えて最初の主要都市・ハジャイ。国境に近いため,マレーシアやシンガポールから華僑が大勢訪れる。おかげで,街には中国語が溢れている。
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 夜の大通りには屋台が立ち並び,食欲を満たす人々の熱気が渦巻く。
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 タイを代表するビーチリゾート・プーケット島から船で2時間。タイの宝石・ピピ島が明るく澄み切った海と空で出迎えてくれる。
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 ピピ島は,昼も夕もひたすら美しい。
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 ピピ島で参加したスノーケリングツアーも素晴らしかったけれど,シミラン諸島の海は圧倒的だった。
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 豊かな自然に恵まれたタイ北部の街・チェンライ。穏やかなこの街の外れには,純白の真新しい仏教寺院がある。
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【タイ旅行情報】

・宿
 どんな街にも安宿がある。バンコクのカオサン通りは世界に名を馳せる安宿街(でも僕はカオサンに泊まったことがない・・・)。ただしプーケットやピピ島などのリゾート地では,当然ながら宿代が何倍にも跳ね上がる。

・食事
 誰もが認めるタイ料理の美味しさは東南アジア屈指。1食100円~。街なかの旅行者向けレストランより,どこにでもある屋台やローカル食堂が安くて美味しいと僕は思う。
 またこの国は,日本食も安くておいしい。

・移動
 国土の主要部分を鉄道路線が走っている。乗り心地は悪くないけど,結構遅くて高い。マレーシア同様,各都市間を結ぶ安価なバス路線が充実している。ほかに,バンコクと国内の主要都市を結ぶ格安エアライン(AirAsia,ノックエアーなど)も充実していて,うまく使えば相当安く,かつ速く移動できる。
 この国も移動で困ることはまずない。

・言葉
 有名な観光地では英語がそこそこ通じる。地方都市に行くとタイ語しか通じない場合も多いので,基本的なタイ語は覚えておいて損はない。

・宗教
 敬虔な仏教国。日本と違って上座部仏教を信奉していて,僧侶が多い。タイ独特の絢爛豪華・極彩色の仏教寺院は必見(どんな街にも必ずある)。

・通信
 インターネットカフェはたいていの街にあり,非常に速い。


 タイの全記事はこちら。
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by Asirope2 | 2007-09-16 19:23 | タイ

奥深いタイ料理


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 チェンライからバスでチェンマイに移動した翌日,夜行列車に乗ってバンコクに戻ってきた。気が向けばチェンマイに数泊しようかと思っていたけれど,観光地化が進んだチェンマイの街に馴染めず,結局一泊しただけだった。チェンマイはタイの古都として観光客には人気があるけれど,欧米人向けのレストランやバーがやたらたくさんあり,バンコクの方がまだ庶民の生活感があるように僕には思える。

 バンコクに戻ってきて宿を確保してしまうと,急にヒマになった。もともとラオスからベトナム,中国へと行こうと思っていたので,必要な準備はできているのだ。いつもならバンコク滞在中は買い物や小包の発送などで結構忙しいのだけれど,全てチェンライへ行く前に済ませてしまった。
 こんなことならもう少しチェンライに長居してもよかったな,などと考えながら,仕方ないので中国やその先の国々の情報集めを始めたけれど,これとてそんなに時間の掛かるものではない。もともと僕は,事前にある程度基本的な情報を集めてしまうと,あとはそこに行ってから現地の人に聞くようにしている。ガイドブックやインターネットの情報でガチガチに武装していったところで旅が面白くなるわけではない。多少(では済まないこともあるけど)不自由はあっても,現地で自力で情報を集めていくほうが面白いし,現地の人とのコミュニケーションも取れる。

 僕の場合,暇になると食べることがほぼ唯一の楽しみになってしまう。バンコク滞在の大きな楽しみの一つは日本食にありつけることだけれど,今回は結構タイ料理も食べている。一度中国へ出発してしまうと次にタイに戻ってくるのは帰国の前。相当先なのだ。タイはもはや僕の第二の故郷と化しており,そのタイの料理は第二のふるさとの味ともいうべきものだ。一日一食は日本食で体を休めつつも,その他はずっとタイ料理だ。

 タイ料理といえば何といってもその辛さが特徴だろう。もちろん辛くないものもあるけれど,唐辛子を使っていない料理のほうが少ないと思う。タイカレーなどは日本でも人気のあるタイ料理だけれど,街角のローカル食堂で何も知らずに食べると信じられないくらい辛いことがある。
 その辛さを嫌って,旅行者(特に欧米人)の多くは外国人向けのレストランで辛さを抑えた料理を食べる。でも,それではタイ料理の本当の奥深さがわからないのではないかと,僕は自分の経験から思う。最初は我慢しないといけないけれど,慣れてくると味の感じ方が違ってくるのだ。
 僕自身の経験から言えば,辛さへの慣れは大体次のような3段階があるのではないかと思う。

【レベル1】
 辛さに慣れてくる一番初めの段階。唐辛子の入ったものを食べるとああ辛いなと感じるけれど,唐辛子が全くないと,それはそれで物足りなく感じる。結局汁そばでも何でも唐辛子を自分で入れてしまう。
 この段階ではまだ,一番辛い料理(上に書いたタイカレーなど)は辛すぎて食べるのに苦労する。

【レベル2】
 レベル1で頑張って辛いものを食べ続けると,舌が辛さにかなり慣れてくる。ここまでくれば,タイカレーなども含めて相当辛いものでも,辛いと思いつつ普通に食べられるようになってくる。

【レベル3】
 レベル2で調子に乗って辛いものを食べ続けていると,舌が辛さを感じなくなる。唐辛子を直接食べても全く辛いと思わず,そのかわり何かモワーっとしたような独特の刺激を感じるようになる。

 僕はレベル3のモワーっとした刺激を初めて感じたときに,タイ人がよく言う「辛いものを食べると元気が出る」という言葉の本当の意味を体で理解したと思った。体内に何か燃料を注入されてそれが燃え上がり,体がぐっと活性化されるような感覚だった。
 ここまでくると,「辛い」料理(本人に辛いという感覚はない)を食べているとその味にモワーっとした刺激が重なり,独特の味を感じる。タイ料理がそれまでとは全く別の次元で味わえるようになってくる。

 普通の日本人でも,本気で辛いものを食べ続ければ,恐らく1週間ほどでレベル3を経験することができるだろう。特にいいのがソムタムというパパイヤのサラダ。旅行者向けレストランだと辛くないのを出してくるけれど,街角の屋台で作ってもらえば辛さを調節してくれる。最初は1人前に唐辛子3本,慣れてきたら5~6本入れてもらって食べていると,いいトレーニング(?)になる。
 ただし舌が刺激を感じなくなっても胃は刺激を受けているので,胃の弱い人は注意する必要がある。僕もヨーグルトやアイスクリームで胃をいたわるようにしていた。

 ちなみに最近の僕はあまり頑張っていないので,レベル2くらいにとどまっている。
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by Asirope2 | 2007-05-14 17:04 | タイ

チェンライにて

 チェンライはタイの中でもかなり北のほうにある小さな街だ。街自体にはあまり見所があるわけではなく,周辺の少数民族の村へ訪れるトレッキングツアーの拠点として旅行者が集まってくる,とガイドブックには書かれている。実際,街中に旅行会社はたくさんあるし,小さな街にしては宿や旅行者向けレストラン,インターネットカフェなど,外国人が滞在しやすい環境が整っている。

 僕は去年の旅でも一度,このチェンライの街を訪れている。時間の流れがゆっくりと穏やかで居心地がいい,というのがそのときの印象だった。小さな街なのでバンコクやチェンマイのような騒々しさはなく,地元の人達も穏やかに旅行者を受け入れてくれる。
 この印象は今回来てみても変わらなかった。相変わらずゆっくり流れる時間が心地良い。これはこの街に少なからずいる欧米人にとっても同じらしく,一日中バーでビール片手に何もせずに過ごしている姿をよく見かける。中にはタイ語がペラペラの人もいて,どうやらこの街の魅力にとりつかれて長期滞在している人も多いようだ。

 僕がチェンライに来たのは,もともとラオスに行こうと思っていたからだった。ここからラオス国境までは数時間と近い。インドで40日間過ごす中で,苦しいときには「インドが終わったらラオスが待っている」と自分を励ましていた。ラオスののどかな空気の中で,できれば1ヶ月近くゆっくり滞在してインドの疲れを癒すというイメージが僕の中ででき上がってしまい,それに支えられるようにしながらインドを旅していた。
 ところがチェンライに来ると,ラオスに行く前にここの空気につかまってしまい,ここで何もせず数日を過ごすうちに疲れもあらかた取れてしまった。そしてふと迷った。僕はラオスに行くべきか。

 今までラオスに行ったことがなければ間違いなくこのままラオスに行くべきだろう。でも,ラオスには去年行っている。しかも,チェンライからラオスに入ると,ルート上どうしても去年行った街ばかり行くことになる。更に悪いことに,今は雨季で天候があまりよくない。雨も一日や二日なら風情があっていいけれど,連日続くとさすがに気が滅入るだろう。
 そして更に,もう一つ別のことが気になり始めた。中国の大きさだ。


 中国は広い。どのくらい広いかというと,あの大きなインドの更に3倍もある。インドには40日滞在して結局6~7箇所しか回れなかった。当初の計画ではラオスからベトナムに抜け,中国に入ろうかと思っていたけれど,そうすると中国には2ヶ月弱しか滞在できないことになる。それで納得できるまで中国を見て回れるだろうか?
 中国滞在を後ろに伸ばせばいいじゃないか,と言われるかもしれないけれど,中国の後に訪れる国々の季節の都合もあり,あまり余裕はないのだ。

 さんざん迷った末に,僕はラオス行きを諦めることにした。ビザまで取っていたので残念だけれど,今は中国に時間をかけるべきだ。そう判断して,僕はバンコクからマカオへ飛ぶ安い航空券を手配した。ラオスにはまた行く機会もあるだろう。



 チェンライに何日か滞在して元気になった僕は,久しぶりに街を歩き回ってみた。去年来たときにもよく街歩きをしていたので大体の地理は憶えている。地図を持たずに歩くうちに,街の市場にたどり着いた。僕は市場が好きなので去年もよくここに来たのだ。相変わらず食料品から日用品までたくさん売られていたけれど,行ったのが昼過ぎという時間だったからかあまり活気はなく,ちょっと一休みという空気だった。
 野菜などは日本で売られているものとあまり変わらないものが多かったけれど,山盛りの唐辛子などはタイならではの風景だろう。見ているだけで胃が痛くなりそうだった。
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 中には米を売りながら,その周りにカバンを並べている店もある。カバンもある米屋なのか米もあるカバン屋なのか,日本人なら理解に苦しむところだけれど,ここはタイ。お店のお姉さんに何の店か聞いても,きっと「お米とカバンの店よ」と事も無げに答えてくれるに違いない。物事全てに脈絡を求めるのは都会人の悪い癖だ,と養老猛司氏も言っている。
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 この市場の近くにはモスクがあり,周辺にはイスラム食を出す食堂があった。意外なようだけれど,タイ北部には少数のイスラム教徒がいるのだ。海のシルクロードを通ってきたのか,あるいは西から陸路で伝わったのか。そのルートはよくわからないけれど,僕の好きな文化の伝播の一例がここにもある。

 去年行った所ばかりではつまらないので宿の人にいい場所がないか聞いてみたら,街から少し離れたところにきれいな寺があると教えてくれた。ワット・ロン・クーンという名のその寺へ,トゥクトゥクというオートリクシャーのようなミニタクシーで行ってみた。そして「やられた」と思った。めちゃくちゃきれいじゃないか!
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 タイの寺といえば極彩色でド派手と相場が決まっているようなものだけれど,驚いたことにここは純白の寺だった。タイらしい細かい装飾に小さな鏡が貼りつけられ,それが日の光を反射してキラキラと輝く。今まで見たことがないようなスタイルだった。雨季ながらも運良く日が差し,本当にきれいだった。
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 ここはガイドブックには載っていないけれどタイ人には有名なお寺のようで,参詣者も多かった。
 更に寺の周囲は典型的なタイの田園風景で,日本人には懐かしさが感じられるものだった。ラオスに行けなくてもまあいいか,と思えるような美しい景色だった。
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 このお寺でもかなり満足したのだけれど,次にトゥクトゥクの運ちゃんに連れて行ってもらった場所は僕の満足を決定的なものにした。「食べて寝る場所だ」と聞いて何のことかわからないままそこへ行ったのだけれど,確かにそこは食べて寝る場所だった。川辺に座敷が並び,食事をしながらくつろぐ場所だったのだ。
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 ここの景色がまたよかった。山と川と空。他には何もなく,静かできれい。食事を頼んだら,あとはその景色を眺めてボケーッと過ごす。最高だ。こんなところ,絶対にガイドブックに載ることはないだろう。でも,週末になると地元のタイ人がたくさんやってくるそうだ。
 せっかくなので,お腹が空いていた僕はトムヤムクン(お馴染みの酸っぱ辛い海老スープ),パッガパオ・ムー(豚肉のそぼろ炒め,かなり辛い),ラープ・ムー(豚挽き肉を使ったサラダ,激辛)とお気に入りのメニューで豪勢な食事を楽しむことにした。

 きれいな自然の風景に包まれておいしいタイ料理を堪能していると,ラオスに行けなかった分もこれで完全に取り戻せたなと,十分に納得できた。そしてまた,ガイドブックが全てではないということも再確認した。当たり前のことだけど,やっぱり地元のことは地元の人に聞くのが一番だ。
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 充実したチェンライ滞在に満足した僕は,バンコクへ戻るため,明日のバスでチェンマイに移動することにした。
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by Asirope2 | 2007-05-09 16:29 | タイ

北タイへ移動

 友人たちと過ごしたバンコクでの3日間はあっという間に過ぎていった。次に行くつもりのラオスのビザを準備したり日本へ小包を発送したりと,個人的な細かな用事があったためずっと一緒にいた訳ではなかったけれど,それでも夕食を一緒に食べに行ったり,アユタヤへ行ったりと楽しい時を過ごすことができた。
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 ただしこうやって親しい友人と過ごしていると,どこへ行って何をしたということよりも,どうでもいいようなことをワイワイと話していたことの方が印象に残っている。ずっと一人旅を続けていたので,仲のいい友人との会話というのは格別だった。インドの旅を終えたという開放感もあって,僕はだいぶはしゃいでいた。
 しかし楽しい時間というのはすぐに過ぎていく。気が付くと彼らの帰国日になっていた。夜行便で帰国する彼らとともに空港まで行って夕食を一緒に食べながら(情けなくも夕食はご馳走してもらった),彼らの出発ぎりぎりまで話し込んでいた。

 彼らは以前僕が勤めていた会社の同僚だった。久しぶりに直接顔を合わせて話をしていると当然ながら自分が働いていた頃のことを思い出し,いま自分が長期間の一人旅という特別な時間を過ごしているということを再認識せずにはいられなかった。わずか数日の滞在で名残惜しげに帰国していく彼らとは違い,僕はまだこの先,何ヶ月も旅を続ける。そのことのありがたさを僕は忘れていたのではないか。今までの旅も,それほどいい加減でお気楽な日々を過ごしてきたとは思っていないけれど,ちょうど中間地点にあたるいま,改めて気を引き締めなおした。

 彼らが帰って行った後,僕は猛烈な孤独感に襲われた。また元の一人に戻っただけなのに,急に自分が取り残されたように感じた。それだけ楽しい時間を過ごしたということの証で,孤独感はその反動に過ぎないということは頭では分かっていたけれど,それで孤独感が癒されるわけでもない。インドのジョードプルやカジュラホで,仲良くなった旅行者が自分より先に出発していったときも同じだったけれど,今回は以前から仲のいい友人だったので特にそのさびしさは強かった。

 こういうときの特効薬はただ一つ,移動するに限る。翌日,僕はタイ北部の街チェンマイ行きの夜行列車に乗った。もっとも,目的地はチェンマイではない。チェンマイは僕には大きすぎ,旅行者も多くてにぎやか過ぎる。列車がチェンマイに着くと僕はすぐにバスターミナルに移動し,チェンライ行きのバスに乗った。雨季に入ってシトシトと降り続く雨の中,僕の乗ったバスは3時間半あまりでチェンライの街に到着した。
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by Asirope2 | 2007-05-05 17:41 | タイ

愉快なタイ人

 バンコクのイミグレーションオフィス(入国管理事務所)に行ってきた。風邪でインド行きフライトを延期したため,タイの滞在が延びてしまったからだ。日本人はビザなしでタイに入国できるけど,その場合の滞在期限は30日間。それを超えるときはイミグレーションオフィスで滞在延長手続きをしないといけない。僕の場合,今回のフライト延期で滞在期限を1日越えることになってしまった。

 イミグレーションオフィスに行くのは今回が初めてだ。事前に地図で場所を確認すると,僕はいつもの悪い癖でまた最寄り駅から適当に歩き始めた。オフィスは駅から意外と遠く,病み上がりの体で炎天下を20分くらい歩く羽目になってしまった。

 この滞在延長手続き,最大7日まで滞在期限を延ばすことができて手数料は1900バーツ(6500円くらい)だった。今回行ってみて初めて知ったのだけれど,手数料は日数に関わらず一律で,僕はたった一日のために高い手数料を払わなければならなかった。やっぱり何事も健康第一だ。

 ちなみに最初の窓口で手続きの申請用紙を2枚もらったので2枚とも記入したのに,申請窓口では1枚しか使わなかった。なぜだ?
 また,申請者は申請用紙とパスポートを提出したときに番号札をもらうのだけれど,その番号を呼び出すとき窓口のお姉さんは「サムシップホーック!(さんじゅうろくー!)」というふうにタイ語で叫んでいた。電光掲示板もあるからいいけど,ここの窓口に来るのはみんな外国人のはず。やっぱりタイだなあ。

 このお姉さんを見ていると,以前バンコクの空港にいたタイ人係官のことを思い出した。いやいやそれだけじゃない。タイの人ってときどき,というよりしょっちゅう,面白いことをやってくれる。それを芋づる式に次々と思い出した。


① タイ語が話せますか?

 去年末,5ヶ月間の旅を終えて僕はバンコクから日本に帰った。バンコクの空港で出国審査の列にならんだとき,僕は自分のパスポートで一点だけ心配していることがあった。1ヶ月ほど前にカンボジアからタイに入国したとき,国境の係官のおじさんが入国スタンプを2ヶ所に押してしまったのだ。
 通常はもちろん1つだけなのだけど,このときは僕の前にイミグレを通過した人が途中で戻ってきてそのおじさんに何か質問を始めた。おじさんはそれに気を取られて,ついさっき自分が押したスタンプの場所を見失ったらしい(当時僕のパスポートにはタイの出入国印がかなりたくさんあった)。しばらくパラパラとページをめくった後,やおら新しいスタンプを押してしまったのだった。

 その後のイミグレでこれを突っ込まれたら嫌だなと思っていたのだけれど,バンコク空港のイミグレのお姉さんはさすがに優秀で,これを目ざとく見つけてしまった。ただしこのお姉さん,英語はあまり得意でなかったらしい。これを英語でなんと質問するか,すぐには思い浮かばなかったようで,ちょっと考えた末に僕にこう言った。“Do you speak Thai? (あなた,タイ語は話せる?)”

 このブログを読んで,僕がタイ語をかなり話せるかのような印象を持っている方にはこの場を借りて謝らなければならない。僕のタイ語は,所詮あいさつに毛が生えた程度のものだ。このお姉さんが何を聞こうとしているかくらい僕にも察しがついていた。こんな質問,僕がタイ語で答えられるわけがない。そもそも,観光ビザで入国している旅行者の中で,これをタイ語で説明できる人がどれほどいるだろうか。
 しかしこのお姉さんは,そんなことお構いなしに自分の理解を最優先したのだった。

 結局このときは,「アランヤプラテート(国境地点の地名),イミグレーションスタッフ,2スタンプス」と幼稚園児のような英語に身振り手振りを交え,一生懸命説明した。お姉さんはしばらく2つの入国印を眺めてため息をつくと,他には何も言わずに出国印を押してくれた。
 この状況でこれ以上の説明のしようもなかったとはいえ,こんな説明にもなってない説明で通れていいのか?と拍子抜けしてしまった。

 ちなみにこのときのパスポートは帰国してから新しいものに更新したので,もう同じ心配をすることはない。また2つの入国印を押されない限りは。



② 明日の昼過ぎにはできるわ。

 今回のタイ滞在で,ピピ島からプーケットに移動したとき,Gパンやタオルケットなど,自分では洗いにくい大きな洗濯物をクリーニング屋に持っていった。クリーニング屋さんにいつ仕上がるか聞くと,「明日の昼過ぎにはできるわ」と笑顔で答えてくれた。じゃあお願い,といって洗濯物を預けてきた。
 その翌日,朝ごはんを食べに出たときにクリーニング屋の前を通ると店はもう開いていて,僕のGパンが干されていた。もうすぐだな。そう思って今度は昼過ぎに店に行くと,なんと店は閉まっていた。入り口横には“Closed”の札がかかっていた。

 昼ごはんでも食べているのかなと思って夕方に出直してみたけど,やっぱり閉まっている。そのときは短パンがあったし,別に急ぎでもないので翌朝受け取りに行くことにした。
 しかしその翌朝も,相変わらず店は閉まっていた。昼過ぎになってもClosedのまま。この日の翌日は確かタイの祝日のはずだ。一体いつになったら開くのだろうかとさすがに心配になってきた。

 ところが,その日の夕方遅くに店の前を通りかかると今度は開いている。この機を逃してはいつGパンを取り戻せるか分からない。なぜか“Closed”の札は掛かっていたけど,構わずその場で店に入って洗濯物を受け取った。店のおばちゃんも当たり前のように洗濯物を返してくれた。

 このときは僕の滞在期間が長かったからよかったけど,もし2~3日だけの短期滞在で日本に帰る身だったら,Gパンを取り戻せなかったかもしれない。寒い日本に短パンで帰るような事態は誰もが避けたいところだろう。

 ちなみにその後もこのクリーニング屋を観察していたのだけれど,店が開いていようが閉まっていようが,“Closed”の札は常に掛かったままだった。


③ おんなじ,おんなじ
 これは特定のタイ人が,という話ではない。ただ,タイ人は一般的に,外国人に英語で何かを説明するときに“Same, same(おんなじ,おんなじ)”という言葉をよく使う。“Same”という単語を繰り返すのがポイントだ。あの店に行っても値段は一緒だよ,とか,これもそれもモノは変わらないよ,など,いろんな文脈でけっこう出てくる。
 じゃあ比較した2つが本当に同じかというと,これが常にそうとは限らない。タイ人というのは(失礼ながら)かなりいい加減なところがある人たちで,何かを比べたときの判断も相当粗いようだ。

 バンコクの路上には観光客向けの露店が多く,色々なものを売っている。シャツを売っている店も多く,その中であるTシャツを見つけた。シンプルな単色のシャツで,胸のところに“Same,Same”と書いてある。何気なく裏返してみると,背中にはこうプリントされていた。
 “...but different.”

 恐らくタイ好きの欧米人がデザインしたんだろう。タイ人をよく見ているな,と思わず笑ってしまった。もっとも当のタイ人は,このデザインがどうして受けるのかあまり理解できないのではないかという気がする。

 ただしそのタイ人も,食べることになると急に選別基準が厳しくなる。同じような屋台があっても,必ずおいしいところに人が集まる。このときばかりはタイ人と欧米人の立場が逆転する。



④ 朝の9時半には着くよ。

 去年,タイ北部のチェンマイという街からバンコクへ夜行列車で移動した。このとき駅に行くと,たまたまどこかで大きな列車事故があったらしい。もともと予約していた便は運休となっていて,別の便に振り替えられることになった。そのときの説明では翌朝9時半にバンコクに着く,と言われ,振り替え便の切符を受け取った。

 タイの鉄道の切符には,乗客の性別が書かれた欄がある。僕が受け取った切符を見ると,ここに女性と書かれていた。係員にそのことを告げると,「いやいや,大丈夫だから」と軽く言われてしまった。まあここはタイだしきっと大丈夫なんだろうと思っていたけど,実際に車内で検札を受けたときに本当に何も言われなかった。

 さてその列車,その日の晩は出発予定を2時間ほど過ぎてチェンマイの駅を発った。事故があったんだから多少の遅れは仕方ない,と思っていたけれど,これが多少ではすまなかった。翌日になっても列車はどんどん予定から遅れ続け,バンコクに着いたのは夕方の5時半だった。その間,車内で遅れについての説明は一切なかった。
 同じ車両に乗っていた若いアメリカ人旅行者はかなりイライラしていたようで,一度は「この列車,9時半にバンコクに着くって言ってたよなあ」と僕にも話しかけてきた。もちろん,予定は9時半着だ。でもここはタイ,予定と結果が一緒になると期待するほうが悪い。まだまだ甘いな。



 こうやって色々と書いてみて,改めて僕はこんなタイ人の“ゆるさ”が好きだなあと思う。社会全体に「こうでなければいけない」という無言のプレッシャーが満ちている日本より,みんながストレスを感じずにのびのびとしているタイのほうがよほど僕の性格に合っている。
 確かに,ビジネスの相手としてはやりにくいかも知れない。でも,9時半着予定の列車が夕方5時半に到着しても平気な社会では,少なくとも福知山線の脱線事故のようなことは絶対に起こらないに違いない。

 そういう社会もいいなと思うのだ。
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by Asirope2 | 2007-03-20 13:25 | タイ

インドへ・・・行けず

 バンコク発デリー行きのエアインディアAI309便は予定通り夕方にバンコクの空港を飛び立ち,4時間余りのフライトの後に無事デリーの空港に着陸した...,に違いない。
 しかしその飛行機に乗るはずの僕はといえば,その頃バンコクのホテルのベッドの上で眠りこけていた。

 シミラン諸島でのダイビングツアーを終えた翌日,僕はバンコクに戻った。バンコクでは真っ先にインド行き航空券を手配し,いくつかの日用品の買い物を済ませた。あとはフライトまでの数日間,日本食を食べて体調を整えることに専念していた。
 バンコクには日本人駐在員も多く,日本食レストランはたくさんある。その上,僕のようなバックパッカーにはありがたいことに,バンコクの日本食は安いのだ。これは,日本食レストランに来る客が日本人だけではなく,タイ人もたくさんいるからではないかと思っている。タイ人の日本食好きはなかなかのものだ。他の国だと「日本食レストラン=高級レストラン」という図式ができていることも多く,世界広しといえどもカツ丼が300円で食べられる国はタイくらいではないだろうかと思う。
 こういう長旅をしていると,日本食をしっかり食べて息抜きするのも僕にとっては大切だ。どんなにタイ料理がおいしいといっても,それだけではやっぱり1ヶ月もすると日本食が食べたくなってしまう。ただしこの1ヶ月というのは,他国料理としては異例の長期間だということをタイ料理の名誉のために付け加えておくけれど。


 インドへのフライト当日は,朝から体調がおかしかった。正確に言うと,前日の夜から少し熱っぽかった。どうやらエアコンを効かせ過ぎた部屋で昼寝したのが悪かったようだ。インド行きのときに風邪を引くなんてついてないなという感じで,前日の夜は早く寝た。

 そしてフライトの日の朝,起きても体調は回復しておらず,むしろ悪化の様相を呈していた。体中が熱っぽく,頭や腰が痛い。これは危ないと風邪薬を飲み,荷造りを済ませるとチェックアウトまではずっと寝ていた。
 やがて昼前になり,ホテルをチェックアウト。フライトは夕方遅くなので,しばらくインターネットカフェで時間をつぶしてから空港に向かおうと思っていた。ところが,そのインターネットカフェでどんどん気分が悪くなってくる。室内のエアコンがよく効いていたためか,悪寒もしてきた。パソコンの前の椅子に座っているのも辛くなってきた。

 これはいけない。空港へ行くまでまだ数時間ある。少しでも体を横にしていたい。そう思って,一度チェックアウトしたホテルに戻り,夕方まで部屋を使わせてほしいと空き部屋に再びチェックインした。しかし一度ベッドに身を横たえると,もうとても起き上がれるような状態ではなくなってしまった。
 もうだめだ。これでは行き先がインドであれどこであれ,フライト自体に耐えられないだろう。朦朧とした頭でそう考えた僕は動かない体を無理やり起こし,航空会社のオフィスに電話して結局フライトの日程を変更したのだった。

 余談ではあるけれど,熱が出ると英語がほとんど話せなくなることに自分でも驚いた。ホテルの再チェックインや航空会社への連絡など,普段ならそう難しいものでもないのに,なかなか言葉が出てこない。僕にとって英語はやはり完全に外国語なのだった。

 こうして,僕の今回のインド行きは出だしからつまづいてしまった。とはいえ考えようによっては,風邪を引いたのが僕にとって過ごしやすいタイでよかったのかもしれない。長旅では健康が第一。新たなフライト日まで数日ある。ゆっくり体調を整えることにしよう。
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by Asirope2 | 2007-03-18 13:31 | タイ

シミラン諸島(5)

 前にも書いたとおり今回参加したクルーズの一日のダイブ数は4本,一日中潜っているような感じだ。当然船にはダイビング好きばかり集まってくるので,乗客同士の話も弾む。船のリーダーのジョンさんを始めスタッフも非常に気さくで,船の中はとてもフレンドリーな雰囲気だった。
 このリーダーのジョンさんはダイビングのポイントが近づくと見所や注意点を説明してくれるのだけれど,派手なジェスチャーや冗談を交え,とてもわかりやすく説明してくれた。一度沈船のポイントに着いたときなどは,コーラのケースを並べたものにシートをかけて地形を模し,その横にトースターを寝かせて沈船に見立てていた。トースターの電源コードは沈船からつながっているブイにするなど,芸が細かい!
 下の写真はそのときの“セット”一式を準備中のジョンさん。
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 僕のガイドさんもジョンさんの説明を聞いて,ブリーフィングのお手本のようだと言っていた。


 ジョンさんの説明が終わるとみんな一斉にダイビングデッキに降りて準備開始。お客さんが多い日は大混雑する。
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 準備ができた人から,どんどん海に飛び込んでいく。
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 一回のダイビングの長さは,潜る深度にもよる(深く潜ると空気の消費量が増える)けど,だいたい40~50分。海の中を堪能して海面に上がってくると,船が迎えに来てくれる。プカプカ海に浮かびながら眺める船の姿は堂々としていて格好いい。
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 船に上がったら器材を脱いでシャワーを浴びる。その後は上のデッキに上がって,水分とエネルギーの補充だ。船にはお茶・コーヒーのコーナーがあって,いくらでもお茶が飲める。また,果物のコーナーにはバナナとオレンジがたくさんあり,僕はダイビングの後はいつも濃いミルクティーとバナナで休憩していた。特にこのバナナがおいしかった。この船でいったい何本バナナを食べたことか。
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 下の写真はある日のスケジュール表。食べることと寝ることのほかにはダイビングしかしない。好きな人間にはたまらない。
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 こういう状態でずっと船に乗っていると食事は大きな楽しみだ。この船では毎日三食とも,スタッフが船の上で料理してくれる。これがまたメニュー豊富で非常においしい。昼前や夕方のダイビングだと,デッキでダイブの準備中にご飯を作っているいい匂いが漂ってくる。「ああ,お腹が空いてきたな」と思いながら海に飛び込み,腹ペコで海から上がってくると出来たてのご飯が待っている。この幸福感に満ちた一瞬は最高だ。


 船の周りには色んな生き物が寄ってくることがある。ジョンさんのブリーフィングの最中に,船のすぐ近くにマンタが来て客がみんな色めき立ったこともあるし,ウミガメが来て大撮影大会になったこともある。
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 また,結構大きな帆船が近くを通りかかったこともある。あんな優雅な船で旅を楽しんでみたいなあ,と呟くと他のお客さんも同意していた。みんな海が好きなのだ。
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 こうして海と船を存分に楽しんだシミラン諸島クルーズも,あっという間に時間が過ぎてしまった。3日間も船に乗っていたのが信じられないほど,短い時間だった。
 3日目の昼過ぎに潜った最後のダイブは,ガイドさんにお願いして浅めのところを多くしてもらった。浅いほうが太陽の光がよく届くので,海が明るくてサンゴもきれいに見えるからだ。最後のポイントは“East of Eden”という洒落た名前のところで,海の中は他のポイントと比べても際立って色彩豊かだった。
 この美しい海の中を,手足を動かさずに,浮かぶでもなく沈むでもなくユラユラと漂って流れに身を任せ,サンゴを眺めているのは至福のひと時だった。

 あっという間に終わってしまった最後のダイブの後は,荷物をまとめて下船。スピードボートに乗り換えてプーケットに戻った。そしてその翌日,2週間以上に渡ってピピ島・プーケット・シミラン諸島と続いた島と海の生活に別れを告げ,バンコクに移動した。

 何だか夢から覚めていくような気分だった。
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by Asirope2 | 2007-03-16 13:49 | タイ

シミラン諸島(4)

 海の中にもぐっていると色々な色の生き物に出会うけど,その中で僕が特に惹かれたのが青い色の生き物たち。もともと海の中は青っぽい世界なのに,なぜか彼らの鮮やかな青色が好きだった。先に書いたブダイやパウダーブルーサージョンフィッシュなんかはその代表格だ。このほかにもうひとつ,忘れ難い鮮やかな青色の生物がいた。ヒトデだ。
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 このヒトデ,かなり大きかった。人の手だと2つ分くらいだろうか。

 もちろん青に限らず,いろんな色の魚がいた。下の写真の美しい魚はタテジマキンチャクダイというそうだ(この名前もノートを見ないと思い出せない)。
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 下の写真の魚は同じ船に乗っていた関西人ダイバーの間で「阪神タイガース」と呼ばれていた。
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 中には,全く派手でない魚もいる。
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 この小さな魚はいつもサンゴの周りを泳いでいて,ダイバーが近づくとサッとサンゴの間に隠れる。なかなかかわいい魚だった。
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 シミランでの最後のダイビングのとき,さあ上がろうかというところで見つけたのがウツボ。記念すべきシミランラストショットはこの,きれいな家に住むウツボになってしまった。ウツボというと何となく怖いイメージがあったけど,こっちから手を出さない限り襲ってくることはないということだった。
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by Asirope2 | 2007-03-15 21:20 | タイ

シミラン諸島(3)

 シミラン諸島で見た魚もとにかく種類と数がすごかった。何を見たか,潜った直後でもとても全部は覚えていられないほどだ。そんな中で僕のお気に入りだった魚の一つがブダイだ。青い色が鮮やかで美しい。ブダイの餌はサンゴのようで,よくガリガリとかじっていた。静かにしているとその音が聞こえてくる。
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 ちなみにプーケットにはシーフードレストランが多い。僕もときどき行ったけれど,その中で一度ブダイを食べたことがある。僕にとっては見るのが好きな魚なので悪いなと思ったけれど,食べてみた。味のさっぱりした白身魚で,これまた悪いなと思ったけどおいしかった。

 ツアーの2日目はボン島という,シミランの北にある島にも行った。ここには大きなマンタがたくさんいて,僕も運良く見ることができた。
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 マンタは本当に大きく,両ヒレの幅はひょっとすると3mを超えているかもしれない。ゆっくりと海中を羽ばたく姿は印象的で,ダイバーの人気も非常に高い。マンタが現れると,それに気付いた人が合図の音を鳴らすので,海の中が途端に騒がしくなる。
 ただし僕はマンタよりサンゴのほうが好きなので,一枚マンタの写真をとった後はひたすらサンゴの写真を撮っていた。あとでガイドの人から,「他の人がみんな上にいたマンタを見ていたときに,イバさん一人だけ下を向いてサンゴの写真を撮っていたので可笑しかったです」と言われてしまった。

 大きなマンタとは別に,小さな魚でダイバーに人気のあるのがクマノミだろう。映画の主人公にもなったカクレクマノミ(いわゆる「ニモ」)はイソギンチャクの中に棲んでいて,ダイバーが近づくとイソギンチャクの中からじっとこっちを見つめてくる。その表情がたまらなくかわいい。海の中の癒し系No.1だろう。僕もクマノミは大好きだ。
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 クマノミには他の種類もいた。「ニモ」はこっちをじっと見つめてくれたけど,別の種類のほうはダイバーが近づくとすぐにイソギンチャクにかくれてしまう。向こうを向いてこっちに気付いていないところを一枚パチリ。
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 でも今回,僕が写真を撮るのに一番執念を抱いたのがこれ。
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 青い胴体に黄色いライン。青い色がとにかく鮮やかで,青い海の中でも際立ってきれいだった。この魚は用心深い上に動きが早く,カメラを持って近づいてもすぐに逃げてしまってなかなか写真が撮れなかった。3日間ずっと海の中でこの魚を見つけるたびに追いかけ,最後の日になってやっと,サンゴを食べるのに夢中になっているところを撮ることができた。
 この魚は名前を「パウダーブルーサージョンフィッシュ」というらしいけど,魚の名前を覚えるのが苦手な僕はガイドの人に名前を5回以上聞いた挙句,結局ノートにメモしている始末。いまだにノートを見ないと思い出せない。
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by Asirope2 | 2007-03-15 00:35 | タイ

シミラン諸島(2)

 シミラン諸島でのダイビングは,クルーズ船に乗ってのものだった。通常の日帰りダイビングツアーだと往復の移動に時間をとられ,ダイビングはたいてい2本か多くて3本。しかし僕は今回2泊3日でクルーズに参加したので,初日の朝の移動と最終日の夕方の移動のほかは時間をとられることがない。おかげで,この3日間でなんと10本潜った。初日と2日目が4本ずつ。3日目も3本潜れるスケジュールだったけど,さすがに疲れたので朝一番のダイビングはキャンセルしたほどだった。

 それだけ潜っていれば飽きないかと思われるかもしれないけど,これが飽きない。むしろ潜りたいけど体力のほうがついていかないくらいだった。その理由は,何といっても海の中の美しさに尽きる。どのポイントに潜っても,ここにもう一度潜りたい,と思うような美しい珊瑚と種々の魚が出迎えてくれた。

 シミラン諸島の珊瑚は種類が多く,しかもそれらの珊瑚が途切れずにどこまでも続く。まさに珊瑚の森だった。
 大きさも大きいものは本当に大きい。
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 上の写真のようにドーム状に盛り上がったものや,下の写真のように巨大なテーブルサンゴもたくさんある。
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 人の脳のような珊瑚は,その名もノウサンゴというそうだ。
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 ウミウチワは,大きなものは写真に収まらないほどだった。下の写真は比較的小さなもの。
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 もちろん,大きなものだけでなく,小さなサンゴが何種類も密生していたりする。色の種類が多いので本当にきれいだ。
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 他にもゼンマイのようなもの(イソギンチャク?)や,白いカリフラワーのようなのもある。
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 これらの多種多様な珊瑚を近づいてじっくり眺めたり,少し離れてどこまでも珊瑚が広がる様を眺めたり,海の中はまさに楽園だった。
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by Asirope2 | 2007-03-15 00:21 | タイ