さよならビシュケク

 ようやくビシュケクを離れた。キルギスに入ってからこれまでの1ヵ月半,行動の拠点となった,というよりは沈没の現場と言う方が正確だけれど,サクラゲストハウスを離れるのにはかなりの日数とエネルギーが必要だった。
 ウズベキスタンのビザが取れてからも,結局1週間近くもビシュケクでだらだらと時間を過ごしてしまったのは,何といってもサクラゲストハウスが僕には特別な場所だったからだ。今回の滞在中に出会った旅人たちが何人も,別の国を回ってからまたサクラに戻ってきていたので,これは僕だけの感想ではないだろう。それほどまでにサクラは居心地がいい。オアシス都市ビシュケクの中でも,極め付けの旅人のオアシスだ。

 サクラにいて,僕を含めた多くの旅人はこれといって何かをやっているわけではない。僕が朝早く起きて静かに音楽を聴いたり朝食を作って食べたりしていると,だんだん明るくなるにつれて(ときには日が高く昇ってからようやく)一人また一人と他の宿泊客が起き出してくる。
 そんな彼らと言葉を交わした後,一人で,あるいは何人かで連れ立ってオシュバザールへ買い出しに行くことも多かった。いつもの肉屋で肉の塊を2kgほど買い,いつもの八百屋で白菜や葱を買う。最後にいつものキノコ屋へ行ってキノコを1kg買う。あとはたまに米を買ったり蚊取り線香を買ったりして,サクラに戻る。

 バザールから戻ってくるとだいたい全員が起き出して顔ぶれがそろうので,サクラのオーナーも交えてお茶を飲みながら旅の話にふける。ビザの情報,国境情報,治安情報などを交換しながら,サクラの中庭で世界を廻るのは楽しい時間だ。

 昼を過ぎると多くの宿泊客が外出するので人が減る。僕もインターネットカフェに行ったりもするけれど,静かな時間にお茶を飲みながら将来の仕事のことに思いを巡らせたり,数少ない他の宿泊客と話をしたりすることも多かった。

 午後3時を過ぎると僕の頭の中は夕食のメニューと調理の段取りのことで慌しく回転し始める。大まかなメニューは買出しのときに固まっているけれど,食べる人の数と手持ちの食材を思い浮かべながら,ここでメニューと作る量と段取りを細かく決めてしまわないといけない。多いときには10人を越える人間が食べるので,大鍋をオーナー夫人に借りることから始まって,きっちり計画しておかないと影響が大きいのだ。

 ビシュケクでは日が暮れるのが遅いので,夕食はだいたい8時過ぎを目標にして,午後5時くらいから作り始める。このあたりが一日のうちで僕が一番活動的になる時間帯で,たいていは他の客にも手伝ってもらいながら肉塊をスライスすることから作業が始まる。こっちの肉は骨付きなので,これが一番手間が掛かる。
 肉を切り終わったら,残った骨でダシを取りながら野菜を切り,米を洗い,必要な準備が終わったらいよいよ調理にかかる。他の人達はどんな料理が出来上がるのか,この段階ではまだ分からない。でも僕の頭の中にはちゃんとイメージが出来上がっていて,あとはそこへ向かって一直線に進んでいくだけだ。

 余談だけれど,キルギスに来てから鍋でお米を炊くのが本当にうまくなった。大きな鍋でも小さな鍋でも,水加減・火加減ともにまず失敗することがない。はじめの頃に比べても,ずいぶんふっくらと炊き上げることができるようになったと思う。

 料理をする時間の中で一番面白いのは,何といってもクライマックスだ。ご飯の炊き上がりと,主菜や副菜の出来上がりの時間をあわせて一気にテーブルに全てを並べると,待っていた人達から「おーっ!」という声が上がる。そのまま食事に突入し,それまで騒がしかったテーブルの周囲が急に静かになると,このときこそが僕の勝利の瞬間だ。会話を忘れて夢中で食べている人を眺め,あっという間に減っていく料理を見るのは,僕にとっては美味しいご飯を食べること以上の,まさに至福のひとときだった。


 食事を終えると大抵いつもみんなが後片付けをやってくれて,その後はまたお喋りの時間になる。毎日まいにち,酒を飲みながら旅のこと,世界の国々のこと,人生のことについて語り合う。サクラで何よりもみんなが活き活きとする時間だ。色々な旅人が絶えずやってきては立ち去るので,メンバーはほとんど毎日入れ替わっていたけれど,この光景は毎晩変わらず繰り返された。


 このサクラでの日々は,怠惰だったと言えば確かにどうしようもなく怠惰だった。世界各国からの旅人と話をして視野を広げるとか,腰を落ち着けて今後の生活のことを考えていたとか,一見それらしい言い訳はあるにしても,それは結局のところ単なる言い訳に過ぎないという一面が確かにあり,僕がサクラゲストハウスの居心地の良さに沈みきっていたことは明らかだ。
 でも,そうであったとして,これほど多くの出会いのある場所に出会えたということ自体が非常に幸せなことであることもまた事実だ。旅の出会いは一期一会ではあるけれど,その中で出会った旅人と交わした言葉のいくつかは確実に僕の中に蓄積され,いつか芽を出す時が来るのを待っている。これは観光とは異なる,長旅ならではの楽しみの一つなのだ。


* * *

 そんな心地よい時間は,しかしいつまでも続くわけではない。サクラを立ち去る日はいつか必ずやってくる。いよいよ旅立ちだと心を決め,明日出発するといいながら夜になるとやっぱりもう一日と延期するということを何度か繰り返した後,とうとう出発した。思い出と思い入れいっぱいのサクラをあとにして,僕はオシュへと向かった。オシュからはウズベキスタンとの国境が近いのだ。

 サクラを去るとき,愛娘さくらちゃんを連れたオーナーのヨシさんと,仲の良かった旅行者のタカさんがバス停まで見送りに来てくれた。バスは来ないときはなかなか来ないくせに,こういうときにはすぐに来る。名残は尽きないけれど,二人(とさくらちゃん)に見送られながら荷物を担ぎ,バスに乗り込んだ。
 バスが発車しても二人はずっと手を振り続けてくれた。向こうからバスの中の僕が見えていたかどうかはよく分からないけれど,僕からはどんどん小さくなる二人の影がよく見えた。顔が判らなくなるくらいバスが遠く離れても,まだ手を振っている。でもその二つの影もやがてビシュケクの豊かな街路樹の葉に飲み込まれ,その葉もすぐに後ろの車の陰に隠れた。

 バスは見慣れた道を走り,いつものようにオシュバザールに到着した。ここからオシュへ向かう乗り合いタクシーが頻発しているのだ。普段なら買い物に急ぐ道を,今日は重い荷物を担いで歩き,一台のタクシーに乗り込んだ。タクシーの相客も間もなくそろい,車はビシュケクを後にした。


 タクシーはかつて通った道を今回も快調に走った。天気は上々だったけれど,最近は好天続きで空気が少し霞んでいる。それでも山道をどんどん登り,標高3000メートルほどの峠を越えるあたりから一気に景色が良くなってくる。

 前にサル・チェレックの湖へ向かってここを通ったときには,周囲は一面の草原が緑に輝いていた。ところが今回は,その草原の緑のかなりの部分が黄色に置き換わっていて驚いた。前にここを通ったときから1ヶ月近い時間が経ち,その間に確実にキルギスの山は夏から秋へと季節を変えていたようだ。この分ではソン・コルもずいぶん様子が変わっているに違いない。キルギスの山の夏が短いのか,僕のサクラ沈没が長かったのか。

 草原を走り過ぎると,やがて見覚えのある湖が見えてきた。トクトグルのダム湖だ。以前見たときに比べて相当水量が減っている。ずっと雨が少なかった影響だろう。でも湖面は青くて相変わらず美しかった。
 トクトグル湖から更に進むと,小さな街に出た。サル・チェレックに向かう途中に一泊したカラコルの街だ。懐かしさを憶えながらタクシーの窓から外を眺めていると,泊まったときに夕食を摂ったカフェがふと目に入った。何組かの客が食事をしているのが見えた。
 ふと,なんとなくその中に,今もまだユリさんとタクシードライバーの二人とともにご飯を食べている僕がいるような気がした。幻の僕はいつまでもそこでご飯を食べ続け,現実の僕はそこを通り過ぎて先へ進んでいく。


 この日乗った乗り合いタクシーは,カラコル手前から調子が悪かった。どうやらラジエータの部品がやられているようで,カラコルを少し過ぎたところにある自動車修理屋で修理をすることになった。他の客と1時間ほど修理が終わるのを待つ。キルギスではみんな古い車を山道で猛スピードで乗り回すので,よく故障する。ビシュケクとオシュの間を走っているとエンジンルームを開けている車にしょっちゅう出くわすけれど,今回は僕がその車に当たってしまった。

 修理が終わって車は再び快調に走り出したけれど,ものの10分もしないうちにまた止まってしまった。エンジンルームから水が噴き出してきたので何事かと思ったら,ラジエーターの水タンクとチューブをつなぐバルブが完全に割れていた。こうなるともうどうしようもない。ドライバーは通過する車を停めてヒッチし,修理屋を呼びに街へ戻っていった。


 ドライバーはなかなか帰ってこない。することもないので他の客と話をしたり周りの景色を眺めたりするうちに,日もどんどん傾いていく。1時間半ほどしたころに,ようやくドライバーと修理屋が戻ってきた。交換部品もないのでとりあえずの応急処置しかできない。
 なんとか再び走れるようにはなったけれど,車はとても本調子では走れない。ドライバーは調子の悪そうなエンジンをなだめすかしながら再び長い前途に乗り出すほかなかった。車に乗っている僕はといえば,迫ってくる夕闇を眺めながらいったい何時になったら到着するのだろうかとため息をつくだけだった。

 車は調子悪そうに,しかし止まらずに最後まで走り続けてくれた。途中ドライバーはラジエーターの水を補給するために何度も停まる。おかげで到着はどんどん遅くなり,結局オシュに着いたのは午後11時半だった。前回と同じホテルまで車で行ってもらい,何とか日付が変わる前にチェックイン。シャワーを浴びてベッドに倒れこんだ。
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by Asirope2 | 2007-08-28 21:26 | キルギス
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