新疆へ

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 敦煌は居心地のいい街だった。しかも長年にわたって僕の憧れの地だった。その敦煌にもいよいよ別れを告げ,先へ進むときが来た。次の目的地は更に西にある新疆(しんきょう/シンジャン)ウイグル自治区のトルファンという街だ。ただし敦煌からトルファンへの直通バスはないので,途中にあるハミという町を目指した。
 いつもなら一人で向かうバス停だけれど,今回は同行者がいた。莫高窟で同じグループに入って見学し,その莫高窟では「今日,上海から夜行で着いてすぐに来ました」とさらりと言って僕を驚かせ,宿のドミトリー(大部屋)に戻ってみると実は部屋まで一緒だったという,日本人旅行者のトシ君だ。彼はアジア・欧米・中南米と世界中を訪ね歩いている筋金入りの旅行者で,僕のような“なんちゃってバックパッカー”とは格が違う。少し一緒に過ごしただけでも,言葉の壁も何のその,どんどん何にでも飛び込んでいくその姿は僕にはかっこよく見えた。
 彼は敦煌を一日見て回ったあと,もう観光は終わったからと一泊だけで次の街へ向かうということだった。その前は夜行列車内で2泊しているはずなのに,何という体力。

 ハミ行きのバスは順調に6時間で目的地に到着した。ただ,普通ならバスは街のバスターミナルが終着のはずなのに,このバスは街なかのガソリンスタンドに停まった。少し歩き回って現在地を確認しようかとバスを降りかけると,同じバスに乗っていた年配のおじさんがドライバーに何やら声高に叫んでいる。このおじさん,実は韓国人旅行者で,バスターミナルまで行ってくれ,と要求していたのだった。俺はトルファンへ向かう途中なのだけれど,バスがなければ今日はこの街のゲストハウス(安宿)に泊まるから,バスターミナルまで行ってくれ,と頑張っているようだった。

 ドライバー氏は分かった分かったという風にうなずきながら,お前たちはどうするかと,僕たちに向かって尋ねてきた。僕もバスターミナル近くに宿を取って翌日トルファンに向かおうと思っていたので,ありがたく連れて行ってもらうことにした。

 バスが出るまで少し間があったので車内に座っていると,外でトシ君がドライバー氏と会話している姿が見えた。さすがだなと思いながらその場に行ってみると,今日の夕方4時ごろにトルファンに行くバスがあるらしい,とトシ君が教えてくれる。二日かかると思っていた移動が一日で済むのならありがたい。こういう情報収集力も見習わなければ。

 しばらくしてバスはバスターミナルに移動した。僕はてっきり街の中心部にあるバスターミナルに行くのかと思っていたけれど,バスが着いたのは街外れにもう一つある南ターミナルだった。そこで聞いてみると,夕方の4時半にピチャン(鄯善/シャンシャンともいう)という,トルファンの手前にある街まで行くバスが出ていて,そのピチャンでトルファン行きに乗り換えるということだった。トルファンへの直通バスは午前中に一便しか出ていないらしい。

 それならやっぱりハミに一泊しようかと思っていたら,トシ君が「ハミは大きな街だし面白くなさそうだから,ピチャンに行ってみた方が面白いんじゃないですか?」と言う。それもそうだ。この発想が素晴らしい。ということで早速ピチャン行きのバスの切符を買った。

 敦煌からハミまでの6時間の移動に続いて,今度はハミから5時間かけてピチャンまで移動した。それはいかにも退屈だっただろうと思うかもしれないけれど,この道中の景色が素晴らしかった。地平線まで続く荒涼とした沙漠と岩山の風景を,時折オアシスの鮮やかな緑や,赤茶けた地面が彩る。何物にも邪魔されずに一日中この景色を眺められるのは,どんな観光ツアーにも負けない贅沢なものだった。
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 ピチャンに到着したのは午後9時半ごろだったけれど,中国でも最も西に位置する新疆では,この時間でもまだ太陽が地平線の上にあった。
 ちなみに,ハミで大騒ぎしていた韓国人はこのバスの中にはいなかった。トルファンに行きたがっていた彼がハミに残り,ハミに泊まるつもりだった僕たちが先に進んだようだった。彼のお陰でこの日はかなりの移動ができたので,僕としては彼がその後どうなったのか少し気になった。

 このピチャンでもまた,トシ君は本領を発揮した。夕食後,スイカが食べたいといって彼は道端で小さめのスイカを一つ買い,宿で包丁を借りてこれを切って食べ始めた。僕も一緒になって食べ始めたけれど,既に夕食を食べているのですぐにお腹が一杯になり,スイカが半分余ってしまった。
 僕なら残りを部屋に置いておき,翌朝にでも食べようとしただろう。でもトシ君,何と宿の前の屋台で食事をしていたウイグル人の一団にためらわず近付いていき,そのスイカを食べないかと勧め始めたのだ。こうなるともう,旅の技術とか何とかいう前に,性格の問題だ。僕にはとても真似できない。

 最初は怪訝そうにしていたウイグル人たちも,そのうちそのスイカを受け取り,更にトシ君に椅子を与えて輪の中に入れてしまった。初めは少し離れたところにいた僕も,近付いていったところで彼らに捉まり,結局ビールや羊肉の串焼きを振舞われることになってしまった。
 そのうち彼らは,明日この街を案内してやると言い出した。さすがに僕もトシ君もトルファンに行くつもりだったのでそう言うと,それなら明日俺たちが連れて行ってやるといって電話番号を紙に書いて渡してくれたのだった。
 その後もビールを断りきれずに何杯か乾杯し,しばらくしてからようやく宿の部屋に戻った。


 そして翌朝,彼らの一人に電話し,トルファンまで来るまで連れて行ってもらった。最後にトルファンについてからお金のことで少しもめてしまって残念だったけれど,なかなか得がたい経験ができてよかった。トシ君とウイグル人たちに感謝。そして僕たちがピシャンへ来るきっかけを作ってくれた韓国人にもやはり感謝だ。

 いよいよここからは新疆だ。敦煌までは漢人が多かったけれど,さすがにここまで来ると目鼻立ちのくっきりとしたウイグル人が増えてきて,異国に来たような印象さえ抱いてしまう。僕の中国の旅の最終段階は,西域の更に西,中央アジアの香り漂うここ新疆が舞台となる。
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by Asirope2 | 2007-06-30 12:52 | 中国
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