隆中

 鳳凰から張家界に戻ってきたあたりから,ちょっと体調を崩してしまった。軽い風邪ですぐ治るかと思い,張家界で二日ほど何もせずに休養を取っていたのだけれど,意外とこれが長引いた。次の街へ行く列車の切符を既に買っていたので,体調が戻りきらないまま張家界をあとにした。

 次の目的地は張家界から北北東へ約400㎞,襄樊(じょうはん)という街だ。襄樊の街は張家界よりは余程大きいけれど,街自体にはそれほど見所があるわけではない。僕がここに来た目的は,襄樊の郊外にある隆中というところを訪れることだった。
 「隆中」と聞いただけでどういう場所かわかる人は相当な三国志マニアだろう。でも,かつて山中の草庵に隠棲していた諸葛亮孔明のもとへ劉備元徳が何度も訪ねてきた,いわゆる「三顧の礼」の舞台になった場所といえば,分かる人も多いのではないだろうか。僕がここへ来たのは,三国志ファンの聖地詣でのようなものだ。

 街の中心から市バスで30分ほど走ると,隆中に到着する。ここは今では古隆中景区という公園として整備されている。それなりに観光客が来ていたところを見ると,やはり中国でも孔明人気は高いようだ。

 公園内は静かで緑が多く,気持ちのいいところだった。これで体調と天気が良ければいうことはなかったのだけれど,それでも公園を歩いていて気分は良かった。しばらく歩くと“孔明の草庵”に着いた。
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 もちろんこれは本物ではなく,つい最近になって復元されたものだ。だから当時(1800年前!)と寸分違うことなく作られたわけではなく,かなりの部分,あるいは全てが想像で補われているはずだ。
 とはいえ,街外れの山の中にある草庵を見ていると,こんなところに住むのは本当に「隠棲」だと納得するし,そこへわざわざ三度も出向くというのは充分に熱意の表現たり得るということもよくわかる。この森の中の小さな草庵から天下三分の計が生まれ,巨大な中国の歴史を動かしたのだ。
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 もう少し歩き回りたかったけど,体調が思わしくないので街に戻った。土産物屋には「孔明菜」というものも売っていたけど,それがどんなものか自分の舌で確かめる元気がなかったのが残念。確か陳舜臣氏の小説「諸葛孔明」で孔明菜について触れられていた気がする。土が痩せていても早く育つので孔明が陣中で栽培させて重宝したとか何とか書かれていたように思うのだけれど,はっきりとは覚えていないので大間違いかもしれない。

 襄樊滞在はこれで切り上げ,翌日,次の目的地である洛陽へ移動した。
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by Asirope2 | 2007-06-08 12:53 | 中国
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