懐かしい味

 香港島の上環というところに行ってみた。このブログを読んで下さった方から,上環は面白いんじゃないかと教えて頂いたからだ。上環にはマカオ行きのフェリーターミナルがあり,マカオとの往来のときはいつもここに来ていたけれど,このあたりを歩いたことはなかった。地図を見ると確かに細かい路地がたくさんあって面白そうだ。

 九龍半島から地下鉄に乗って上環に着くと,フェリーターミナルのある出口とは反対側の,いつもは使わない階段から地上に上がった。周りの風景を見て,ああ大阪やな,と思った。都会と下町が微妙なバランスで混ざっていて,見事に大阪の中心部そっくりだった。背中に背負ったリュックサックから,店で買ってきた葱の先っちょをのぞかせたまま歩いているおばちゃんがいたりして,なかなか生活感もある。これは面白いぞ,と思って歩き回った。
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 そのうち急な階段を見つけた。大汗をかきながら登っていくと,小さなお寺があった。文武廟だったか何とかいうお寺で,小さなお寺ではあったけど,参詣人も多く結構にぎわっている。香港でも有数の古いお寺のようで,案内板には英語や日本語の説明書きもある。しばらく眺めていると,日本人の団体客もやってきて,香港人の日本語ガイドが何やら説明を始めた。どうやら有名なお寺らしい。
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 外観は小さく,背後に林立する高層住宅の中では少し唐突な印象を覚える。しかし一歩中に入ると祈りの場らしい厳粛な空気だった(もっとも祈りの内容は商売繁盛がほとんどじゃないだろうか)。無数のお線香が焚かれていたため,内部は煙で白っぽく見えた。
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 このお寺の周辺にはみやげ物の露店がたくさん出ていた。石彫り細工や掛け軸,中には毛沢東の像ばかり並べた店もあった。
 特に何を買うわけでもなく,適当に店先のものを眺めながら歩いていると,レンガ建ての立派な建物が見えてきた。なんだろうとよく見てみるとYMCAだった。香港のYMCAといえば,沢木耕太郎が「深夜特急」の中で泊まろうかどうしようか迷った挙句,そのとき泊まっていた怪しい安宿の方が安いし面白いからと,結局泊まらなかったところだ。別にどうということもないと言えば何もないのだけれど,沢木耕太郎がここにも来たんだなと思うと感慨深かった。

 このあとも大阪的な街を歩き回っていたのだけれど,きょろきょろあちこちを見回しているうちに,ある看板に僕の目は釘付けになってしまった。
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 「肉骨茶」は「バクテー」と読む。これを知っている人はまず間違いなくマレーシアの滞在経験の長い人だろう。肉骨茶はお茶ではない。豚肉をぶつ切りにして,朝鮮人参などの漢方を入れたスープで煮込んだ,マレーシアの薬膳料理だ。これは華僑の食べる“中華”料理だけれど,マレーシアで生まれた料理であって本家中国には存在しない(だから店の看板にも「馬来西亜」と書いてある)。
 この肉骨茶を香港で見かけるとは全く思いもよらなかった。僕の頭の中はすぐに肉骨茶で一杯になってしまった。僕は肉骨茶が大好物なのだ。そのときお腹はあまり空いていなかった。でも食べたいなあ。ここで食べないと当分食べられないぞ。きっとおいしいぞ。
 気が付いたときには僕は肉骨茶を一人前注文していた。
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 土鍋に入って湯気を立てながら出てきた肉骨茶は,見かけも香りも,そして嬉しいことに味もマレーシアのものと全く変わらなかった。この黒いスープがまたおいしいのだ。白ご飯と一緒に食べると,マレーシアのペナン島やクアラルンプールの風景が浮かんできた。またマレーシアに行きたいなあ。

 テーブルには肉骨茶の由来の説明書きが置いてあった。もちろん中国語だけれど,だいたいの意味はわかってしまう。30年代に中国から大勢の労働者がマレーシアに移住した。肉体労働を支えるため,彼らは豚の肉やモツや骨を漢方で煮込んで食べるようになった。それが発展して,いつか肉骨茶はマレーシアを代表する料理になった。ちなみに,これを食べ終わった後に中国茶を飲んで口の中の油分を流してしまうのが習慣だったので,「肉骨茶」と呼ばれるようになった...


 久しぶりの肉骨茶に大満足した僕は,気分よく重慶大厦に帰った。これが果たして香港観光といえるのか,甚だあやしいところはあるけれど,何はともあれ充実した時間を過ごすことができた一日だった。上環を教えてくださった方,本当にありがとうございました。
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by Asirope2 | 2007-05-25 13:17 | 中国
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