ゴアにて

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 パナジはゴアの州都ではあるけれどそれほど大きな街ではない。観光客も大半がここから離れたビーチに滞在するため,パナジにはあまり多くはいない。
 ゴアはポルトガルの植民地としての歴史を持つため,西洋風の街並みの中にいくつもキリスト教会があり,明らかに他のインドの街とは違う雰囲気に包まれている。
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 人々はおだやかで,街のゴミは少なく,牛もいない。他のインド諸州とは違って酒類が安く,街にたくさんあるバーでは昼間からインド人がビールを飲む姿も珍しくない。僕たち日本人の感覚から言って普通の街だという印象で,何だか自分がインドにいるような気がしない。
 ジャイサルメールにいたときも自分がインドにいるような気がしなかった。でもジャイサルメールの場合は目にする全てがインド的なのにインドにいる気がしなかったのに対して,ここゴアでは目にする多くのものがインド的でないことによる違和感だという点が大きな違いだ。

 また,南インドのゴアではカレーの味も北インドとは明らかに違う。南のカレーの方がスパイスの香りが華やかでおいしい。更にゴアは海に面しているため新鮮な魚介類が食べられる。このあたりで食べられるフィッシュカレーのおいしさはちょっと言葉では言い表せない。香りのいいスパイスで煮込まれた新鮮な魚は絶品だ。暑いゴアでよく冷えたビールとおいしいフィッシュカレー,もうたまらない。


 このパナジからバスで10分くらいのところに,オールドゴアと呼ばれる街がある。ここは,かつて大航海時代にポルトガルによる植民地支配の中心となったところだ。ここにボム・ジェズ教会というキリスト教の教会がある。
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 年代を感じさせる重厚なたたずまいの教会は今も現役で,誰でも入ることができる。内部の礼拝堂は美しく,観光ガイドの活動が禁止されているため静かで荘厳な雰囲気だった。インド人・外国人ともに観光客は多いけれど,その観光客に混じって熱心に祈りを捧げているインド人も多かった。
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 実はボム・ジェズ教会は,日本に初めてキリスト教を伝えたイエズス会宣教師フランシスコ・ザビエルと縁が深い場所だ。ザビエルはマレーシアのマラッカでその生涯を閉じ,一度マラッカで埋葬された後にその遺体がここゴアに運ばれ,この教会に安置された。そして,彼の遺体は今もここの教会にある。彼の遺体は今はミイラとなってガラス窓のついた棺に納められ,礼拝堂の脇に今も安置されているのだ。
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 棺が少し高くて離れた位置に置かれているため細かいところまでは見えないけれど,彼の横顔ははっきりとわかった。ザビエルといえば日本人で知らない人はいないだろうというくらい有名な歴史上の人物だけれど,その彼が今ミイラとなってここゴアで眠っていることを知っている人はかなり少ないだろう。


 ゴアは大航海時代が始まるはるか以前から,海の貿易の中継地点として重要な場所だった。ヨーロッパから地中海を経由して紅海やアラビア海に出た交易路は,アラビア海を渡ってインドに達し,その沿岸部を経由してベンガル湾からさらにマラッカ海峡を越えたあと,インドシナを経て最後は中国の広州に至る。このルートは「海のシルクロード」と呼ばれ,ゴアはその中継地点の一つだった。

 海のシルクロードの歴史は古く,実に1世紀頃にはルートが確立されていたという。ここを様々な国の商人が行き交い,絹や香辛料,陶磁器や宝石など,さまざまな品物を運んだ。そして人の往来に伴って,宗教や学問,当時の最先端技術など,文化そのものもこの道を通って各地に伝わった。

 時代は下って約500年前,ヨーロッパでルターらによる宗教改革が起こった。それに対してローマ・カトリックの側から反宗教改革が起こり,カトリック勢力の維持・拡大の急先鋒としてイエズス会が組織された。時あたかも大航海時代が本格的に幕を開け,イエズス会の一員であるザビエルは,時代の流れに乗って祖国を遠く離れたアジアの国々で布教活動を行った。そして日本・マレーシア・インドなど,各地にその足跡を残したのだった。

 ちなみにこんなことを書いていると僕が根っからの世界史マニアだと思われるかもしれないけれど,何を隠そう,センター試験の世界史で正解がさっぱりわからず,鉛筆を転がして答えを選んでいた程度だ。


 ボム・ジェズ教会でザビエルの遺体を目にしている僕の脳裏に,マラッカの景色がはっきりと浮かんできた。マレーシアのマラッカで,僕はセントポール教会跡という場所に行った。そこはザビエルが最初に埋葬された場所で,教会跡の石碑には,彼が一度ここで埋葬された後にゴアへ運ばれたと書かれていた。これが,僕がゴアに来るきっかけになった。

 そのマラッカはゴアとともに海のシルクロードの重要な中継地点であり,ともに大航海時代にその重要性を増し,ともにポルトガルの植民地となった。ともに長い歴史を持ち,世界史上重要ないくつものキーワードを共有するこの2つの街が,それぞれの街の雰囲気や道行く人々の表情,空気や土の匂いなどの記憶とともに僕の頭の中で強く関連付けられていった。

 そして,同じキーワードでこの2つの街に連なる街が更にもう一つ思い浮かんできた。マカオだ。マカオもまた海のシルクロードの中国側の終着点として長い歴史を持ち,ゴアとマラッカに続いてポルトガルの植民地となった経緯を持つ。

 マカオとマラッカとゴア,この3つの街を頭に思い浮かべたときに,僕には海のシルクロードの全体像がはっきりと見えてきた。中国からヨーロッパまでの総行程のうち,僕は約半分の地点まで来たことになる。ここまで来れば,およそ1万kmに及ぶであろうそのルート全体の距離感が漠然とつかめてくる。

 理解できたのは距離感だけではない。今まで見てきたアジア諸国の文化についても関連が実感としてつかめてきた。南伝仏教と呼ばれるタイやラオスの上座部仏教,インドネシアやマレー半島でいまも信仰されているイスラム教,アンコール遺跡に痕跡の残るインドシナのヒンドゥー教なども,まさにこの海のシルクロードを通って伝わっていったのだ。自分の視野が一気に広がるとともに,自分が今まで見た色々なものが頭の中で有機的に関連付けられていくのを感じた。

 個人的な趣味で恐縮だけれど,僕は文化の伝播というものに強い興味を持っている。ある社会の文化は他の社会へ伝わり,相互に影響を及ぼしあいながら更に新しい文化を生み出す。異なる社会の間で共通の文化が共有されると同時に,文化の多様性も展開される。そのプロセスこそが文化というものだ。ここゴアに来て,遠く離れた東南アジアを含むアジア地域の文化の多様性の源泉の一つにじかに触れた気がした。


 僕はボム・ジェズ教会の礼拝堂の後ろのほうにある長椅子に座って,さらに考え続けた。

 物事を自分の目で見て,自分の五感で感じ,自分の頭で考えるということはとても大切なことだ。僕が上に書いたようなことは,世界史の教科書を開けば書いてあることばかりだ。そして,旅に出る前に僕は教科書を開いていたので,これらのことは知識として頭の中にあった。でも,実際にそれぞれの事柄の舞台となった場所に来てみると,単なる「知識」が実感を伴う「理解」に変化する。
 ただし,漫然とその場にいるだけでは単にその街に来たというだけで終わってしまう。自分の感性をフル回転させて,自分自身で様々なことを感じ取らなければ意味がない。そこで何を感じるかは人それぞれでいい。それが個性というものだ。他人と同じことを感じなければならない必要性などない。

 自分で行き先を決めて自分で交通手段を確保し,例えばインドであればインド人にもみくちゃにされながら目的地にたどり着く。その目的地で新しいことをたくさん発見する。その過程で多くの人と関わりを持つ。それら全てのプロセスで,僕は常に何かを感じようとする。そして,自分が見たもの,聞いたもの,嗅いだもの,触れたもの,食べたものから感じ取った全てのことについて,今度は頭を使って考えてみる。なぜこれはこうなのか。なぜこういうものがここにあるのか。なぜこの人達はこんなことをしているのか。
 もちろんそれで全てが分かるはずがない。でも,とにかく考えてみる。そこで納得して分かったことは自分の意識の中に織り込まれる。じゃあ分からなかったことは捨て去られるのか。僕はそうは思わない。分からなかったことは,自分の無意識の領域に放り込まれると僕は思っている。

 そうやって無意識の世界にいくつも分からないことが溜まっていき,あるとき,あることをきっかけに分からなかったことが急に分かるようになることがある。これが大事だと僕は思う。
 言ってみれば,自分の無意識の領域に種を蒔いておくのだ。いつかそれが芽を出すこともあるかもしれない。時にはそれが5年後,10年後になるかもしれないし,遂には芽を出さないままのこともあるかもしれない。でも,種を蒔いておかなければ絶対に芽が出ることはない。また,ある種が芽を出すためには別の種が必要な場合もあるだろう。だから,とにかく色々感じて考えるようにする。今回の僕の場合は,東南アジアの旅で無意識の領域に蓄積したたくさんの種が,ゴアに来たのをきっかけにいっせいに芽を吹いた。


 今回,マレーシアのマラッカやインドのゴアを訪れることは旅の最初の段階では予定していなかった。だから初めから意図していたわけではないけれど,気がついてみると今までの旅は海のシルクロードというキーワードがテーマになっていた。
 そしてインドの旅が終わったら,僕は少し寄り道をしたあと,マカオから中国の旅に入っていくつもりだ。一気に中国を横断し,西の新疆地区から中央アジアのキルギス・ウズベキスタンに抜ける。そのルートは,今度は陸のシルクロードだ。僕にはここで初めて,陸海あわせたシルクロードという,自分の旅の全体像が見えてきた。自分の旅のテーマにあとから気付くのもおかしいと言われるかもしれないけれど,実際そうなのだから仕方ない。

 僕が旅をする中で最も恐れていることは,旅が惰性に陥ることだ。長い期間の中で自分の旅に疲れてしまい,自分の旅を持て余す。その結果,次第に好奇心を失ってただひたすら次の国に移動することだけが目的になり,旅が散漫になる。こういうことだけは絶対に避けたいと思っている。去年5ヶ月間旅をした後に,一度日本に戻って心身をリフレッシュさせた理由もここにある。
 僕にとってインドというのは,慣れてきたとはいえ未だに苦手意識の抜けない国だ。そのインドに悪戦苦闘しながらも何とか一ヶ月間滞在してゴアにたどり着いた。そしてそのゴアで自分の旅の全体像がつかめて旅にまとまりができたというのは,僕にとって幸運であり,大きな収穫だった。

 インドに来てよかった。
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by Asirope2 | 2007-04-22 22:56 | インド
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